【プロフェッショナルインタビュー「アソビト」】川﨑寛氏をつくる“3つの〇〇”

川﨑寛氏

バンダイナムコエンターテインメントを支えるプロたちの神髄を、“3つの要素”から探る連載企画の第5回目は、同社の取締役にして島根スサノオマジックの最高経営責任者も務める川﨑寛氏。エンターテインメントに捧げてきた40年を超える時間の中で、今も貪欲に人々を楽しませるコンテンツを探す川﨑氏を形作る3つの要素は、時代を経ても色褪せることなく、さらに輝きを放つようなものでした。

創業100年へ向かって駆けるバンダイナムコエンターテインメントへ刻み、残したいもの

川﨑寛氏をつくる3つの要素

株式会社バンダイに入社し、株式会社ナムコの常務取締役を経て、現在は株式会社バンダイナムコエンターテインメントの取締役にして島根スサノオマジックの最高経営責任者でもある川﨑寛取締役。川﨑氏にとってバンダイ創業者・山科直治氏が掲げた企業理念「萬代不易」の精神は、今も血となり肉となって脈々と氏の体内に流れているそう。そんな川﨑氏を形作る3つの要素とは?

1:『ライオンブックス』。「僕の原点は手塚治虫

『ライオンブックス』(手塚治虫著)

――今回お持ちいただいたのは手塚治虫作品の『ライオンブックス』ですが、非常に年代モノのコミックスですね。

川﨑:この『ライオンブックス』は小学校6年生のときに古本市で買ったものなんです。マンガを買って読むことを親はなかなか許してくれなかったのですが、母親から手塚治虫だけはいいよ、と言われていたんですよ。僕らの子どもの頃、もしくはその上の世代にとって、手塚治虫といえばマンガの神様。僕の親世代にとっても必ず通ってきたような作家なんです。

本当は『火の鳥』が欲しくて百貨店の古本市に行ったのですが、『火の鳥』は売り切れていて、あったのがこの『ライオンブックス』4巻セットだったんです。昭和48年発行、定価280円の本が、4冊で9,000円。握りしめていたお年玉の総額1万円を出して買ったのがこのマンガです。

インタビューに答える川﨑寛氏

1987年に(株)バンダイに入社。2008年に(株)ナムコの取締役、2012年に(株)ナムコの常務取締役に就任し、現在は(株)バンダイナムコエンターテインメントの取締役にして島根スサノオマジックの最高経営責任者を務める

――小学生が1万円を出して古本4冊を買う。小学生にしてエンターテインメントにお金を惜しまない、というところに原点を感じます。

川﨑:なぜ僕が今バンダイナムコグループにいるのか、と考えてみれば、原点は手塚治虫なんだと思います。手塚作品は好きだからいろいろと読んでいて。この「ライオンブックス」は短編集で、刺激的な内容が多いんです。今、映像化しても面白いだろうな、とも思いますね。

『ライオンブックス』

――子どもの頃に触れたエンターテインメントの影響が大きいんですね。

川﨑:僕はマンガを今も読むし、グループの映像コンテンツも好みはあるにせよひと通り、アニメも映画も見ますし、ゲームもやる。我々のやっているコンテンツビジネスは仕事であり、趣味でもあるという部分で、当時の経験は今の自分につながる最も大きな要素だと思います。

2:バスケットボール。「プレイヤーとしてのバスケから自社コンテンツのバスケへ」

バスケットボール関連アイテム

――今、バンダイナムコエンターテインメントではB.LEAGUEの島根スサノオマジックの運営に参画されていますが、その立役者でもあるのが川﨑さんと伺っています。

川﨑:エンターテインメント事業をやっている会社として、スポーツエンターテインメント事業に参画したい、という話は出ていたんです。今回は島根スサノオマジックと縁があって、検討を開始した時に僕が経営企画部門を担当していたので「僕も応援するよ」ということで携わり始めました。「お前はバスケをやっていたんだからちょうどいいじゃないか」ということでCEOをやらせてもらうことになりました。

――ご自身もバスケットボールをなさっていたんですね。

川﨑:中学校からバスケを始めました。市内で一番の強豪校に転校することになってからは、今のサラリーマン生活より早く朝練に行って、夜練が終わると今よりも遅い時間に帰って来る、というようなバスケ中心の生活だったんですね。それで高校ではバスケはやらない!って心に決めていたのにまた高校でバスケット部に戻っちゃって。実力も伸びないし、背も伸びないので結局高校のバスケ部は1年で辞めちゃったんですけど、大学でまたバスケットボールのサークルに入って。そんな風にずっとバスケからは離れずにいました。思えば、チームワークはバスケに鍛えられましたね

インタビューに答える川﨑寛氏

――それがバスケの、スポーツエンターテインメントの面で向き合うことになられました。

川﨑:まさか今、こんな形でバスケに携わることになるとは思っていなかったですね。仕事は楽しいし、従業員のみんなも興味があることはどんどん会社に提言して、それを実現して携われることにやりがいを感じられると思うんです。

まだ島根スサノオマジックに携わり始めて期間は短いけれど、試合の準備は本当に大変で。体育館の装飾や座席の用意、3ポイントのテープも毎回貼るし、バドミントンのラインをテープで消して。これだけ大変なことでも、みんなバスケに携わることに充実感を感じてやってくれている。だからこそ、僕がやらなければならないのは、チーム力を上げて、より多くのファンの皆さんに感動を提供できるようにすることはもちろんのこと、島根スサノオマジックをコンテンツとして成長させて、5年から10年くらいの事業計画を進めていくこと。島根スサノオマジックもバンダイナムコエンターテインメントにとっては自社コンテンツですから、どんどん絡んでいった方がビジネスチャンスも広がっていくと思うんです。

インタビューに答える川﨑寛氏

――これからバスケはどんどん盛り上がっていくようにも思います。

川﨑:今のB-LEAGUEに参画しているチームの礎になっているのはみんな『スラムダンク』世代。今でも『スラムダンク』の話で盛り上がるし、その子どもたちも読んでいるんですよ。『スラムダンク』が日本バスケット界に与えた影響は大きい。今では日本からNBAの選手として所属しているプレイヤーも3人(八村塁、渡邊雄太、馬場雄大)いて、話題になってきているし、これからますますバスケは盛り上がっていくと思います。だからバンダイナムコホールディングスのグループ会社として、みなさんにも注目してもらいたいです。

3:バンダイ創業理念。「自身に沁みつく『萬代不易』の理念」

創業理念『萬代不易』

――「萬代不易(ばんだいふえき)」といえばバンダイ創業者の山科直治元社長が武経七書の一つである兵法書「六韜(りくとう)」から取られて作った創業理念だ、と伺いました。

川﨑:そうです。バンダイの創業理念「萬代不易~いつの世でも人びとの心を満たす 商品を作り、やむことのない企業の発展を願う~」を記したのがこの本、『萬代不易』です。入社したときに貰ったものですが、人生の半分以上をこのグループで過ごしているので、本として持っているだけでなく、創業理念や山科直治元相談役の想いみたいなものは僕の心に刷り込まれています。これは自分を形成する3つの要素から外れることはないですね。今の自分が在るのはこの『萬代不易』があるからこそ。

――山科元相談役との思い出はありますか?

川﨑:最後に山科元相談役と接点のあった世代が僕の世代です。山科元相談役が亡くなる2、3年前には自宅が遠くなかったこともあってよく声をかけて頂いていたんです。ご自身がおもちゃ屋さんを回りたい時に「一緒に行こう」と。70いくつのおじいちゃんとあちこちのデパートに、半日くらいかけて一緒に回るんだよね。貴重な経験でつらくはないけれど、魂が抜けるくらい疲れました(笑)。バンダイの創業者とこれだけ接点を持たせてもらえたことも含めて、『萬代不易』は僕を構成している要素だと思います。

インタビューに答える川﨑寛氏

――そこでの貴重な経験や、山科元相談役から直接受け継ぎ、今も川﨑さんの中に息づくものは、後続の方たちへ伝えていかれるものだと感じていらっしゃいますか?

川﨑:それって大事なことだと思うんですが、僕はナムコ(現バンダイナムコアミューズメント)にも10年いたので、ナムコ創業者の中村雅哉元名誉相談役が掲げたナムコの基本精神、「おもてなし=エンターテインメント」も自分の中にあるんです。バンダイとナムコ、元々のDNAは違うかもしれないけど、どちらもお客さんに対してもてなす心、という教えの中で働いてきた。会社自体も近代化してきて、中村元名誉相談役がおっしゃっていたことからは少し進化している部分もあるけど、ナムコのいいところも当然あって。

バンダイとナムコ、両方の創業の精神は残しておくべきだし、両方のいいところを若いみなさんに伝えていければいいなと思うんです。

10年先、20年先、100年先に伝わるようなことを僕らはやっていかなきゃいけない。今、創業60年くらい。ちょうど今頃入社している人たちが、会社創業100年を迎える人たち。100年会社が存続するのって、大事なことで。だからこそ創業100年に向けて、若い人たちも大事にしたいですね。

川﨑寛氏

【編集後記】
スラムダンク世代、そして田臥勇太世代でもあるので、バスケットボールの話は非常に感慨深かったです。スラムダンクでバスケを始めた人も多く、少し違いますが我が家の息子は「ハイキュー!!」きっかけでバレーボールを始めたこともありスポーツとアニメ、マンガの密接な関係は肌で感じます。これを機に島根スサノオマジックに注目します!

取材・文/ えびさわなち
リスアニ!、リスウフ♪を中心にアニメ、ゲーム、特撮、2.5次元の雑誌やWEBで執筆中のエンタメライター。息子の学校が休校になってしまい、勉強など、どのようにしようか迷っていたら、東大生の有志による動画配信授業や、ほかにも理科の実験を見せてくれる化学者のみなさんなどの登場で楽しく勉強できました。学びもまたエンターテインメントになっているのですね。