この夏に行われたライブドラマシアター『天つ風、飛鳥に散る花 〜蘇我入鹿の物語 陽/月〜』は、これまでの朗読劇とはひと味違う、耳だけでなく目でも楽しめるものでした。人気声優陣による朗読劇×ゲームクリエイターが手掛けるイラストという、新たな試みを余すところなくレポートします!
2019年9月1日、東京・オリンパスホール八王子でライブドラマシアター『天つ風、飛鳥に散る花 〜蘇我入鹿の物語 陽/月〜』が昼夜2回にわたって開催されました。
これはバンダイナムコエンターテインメントが手がける、初の“観て楽しめる”オリジナル朗読劇。従来の聞いて楽しむ朗読劇に、バンダイナムコエンターテインメントならではの要素としてゲーム制作の経験を生かし、クリエイターが手がけたキャラクターイラストをステージ奧の大スクリーンに映し出す演出を加えた、聴覚と視覚の両方を刺激するエンターテインメントコンテンツです。
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この朗読劇の制作秘話や、この作品にかける制作者の思いなどはこちら。
今回の朗読劇で披露されたのは、西暦645年に始まる政変・大化の改新にまつわる物語で、鳥海浩輔さん(蘇我入鹿役)、下野紘さん(中大兄皇子役)、小野大輔さん(中臣鎌足役)、増田俊樹さん(山背大兄王役)、八代拓さん(軽皇子役)、平川大輔さん(皇極天皇役)という人気声優陣が朗読。
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公演は昼と夜の2回行われ、昼の部「陽」編と夜の部「月」編では同じキャストが大化の改新の物語を演じながらも、内容・切り口がそれぞれ異なっており、いずれの公演ともに1800席のホールは満員御礼の盛況でした。

計略、色仕掛け…引き込まれるドラマに仕上がった「陽」編

まず昼に開催された「陽」編は、日本最古の歴史書『日本書紀』に描かれ、また私たちが学生時代に日本史の授業で教わった、いわゆる“史実”をもとに、どうして中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を討つ大化の改新を起こしたのかを描く物語です。
こう書くと、いかにも“お勉強”のような堅苦しいイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし、そこは名うての声優とゲームクリエイターによる演出。地方の一豪族に過ぎなかった蘇我入鹿がときに計略を巡らせ、ときに色仕掛けを駆使して朝廷の内部に食い込み、政治中枢の実権を握ろうとする姿を中心に、大化の改新をピカレスクロマン(悪漢小説)的な出世物語として捉えています。
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それだけに、いかにもダーティヒーロー然とした鳥海さんの演技は憎らしくも、彼はいったいどこまで上り詰めるのか思わず気になってしまう魅力に富み、またその企てを阻止すべく正義に燃える下野さんや小野さんの演技の熱さには胸を打つものがありました。
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さらに蘇我入鹿が朝廷での発言権を強めるために籠絡しようとする皇極天皇は女性天皇。そしてそれを演じているのは男性の平川大輔さんです。それだけに入鹿役の鳥海さんと2人のシーンは独特の妖しい色気や魅力を放っていました。
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1時間半にわたる熱演後、出演者最年少の八代さんは「そうそうたる先輩方と演じられて楽しかった」と謙遜したものの、本番では皇極天皇の実弟でありながらも、どうにも政治力が足りなく頼りない軽皇子役を好演。また下野さん、平川さんと、蘇我入鹿の従兄弟にして入鹿が権力を志向した理由のひとつとなった山背大兄王役を演じた増田さんは「一発勝負の長編朗読劇という声優ならでは、そして緊張感あふれるステージを楽しめた」と口を揃えました。
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そして小野さんは「『大化の改新』については文字でしか知らなかったが、いざ演じてみたら、当時の人も持っている熱量は今の人間と同じ。いやそれ以上にギラギラしていた」と「陽」編のエッセンスについて言及。「陽」編の主人公であった鳥海さんは「昔のできごとの朗読劇だけに難しい漢字ばかりなのに、オレたちよく読めたな」と笑いながらも「声の芝居という声優の本業・幹ともいえる部分をみなさんに見せられたことは幸せでした」と、この公演を締めくくりました。
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独自解釈による本当の首謀者!?大胆に描いた「月」編

対する夜の部「月」編は史実を離れ、ある仮説のもとに大化の改新を追いかけたストーリーです。「陽」編で描かれ、私たちが日本史の授業で習ったとおり、一般的に大化の改新は、増長する蘇我入鹿を成敗する中大兄皇子と中臣鎌足の物語と思われがちですが、「月」編では、実は入鹿ではない“ある人物”が“ある外交的な事情”から、関係者すべてをコントロールして実現させたクーデターであると大胆に解釈してみせていました。
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物語序盤からクーデターの首謀者が誰なのかは明示的になっているのですが、果たして“彼”がなぜ蘇我入鹿を討つというクーデターを企てたのかは、物語の最終盤まで謎のまま。そんな中、山背大兄王とともに打ち立てた理想を追い求めるべく、当時の日本である倭の国を強く、またより良くするために奔走していた様子を丁寧に追うことで「陽」編とはひと味違う入鹿像を描き出し、さらにその裏で権謀術数を巡らせまくる「月」編ならではの“彼”の様子を鮮やかに描き出します。
その“彼”のクーデターの動機が実に意外ながらもうなずけなくはないもので、しかもそのクーデターの結果はバッドエンド。終演後、増田さんが「僕は作中で唯一まともなヤツでした。まともゆえに最初に死んじゃった」と笑いを誘ったとおり、ある意味、サイコホラーともいえる、人間の闇や病理を暴きたてるエンディングで1800人に衝撃を与えていました。
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また終演後、八代さんが「昼夜でまったく違うストーリーを演じられたのは今も夢心地です」と語れば、平川さんは「2つの視点で同じ物語をご覧いただく貴重で素敵な体験をさせてもらえました。贅沢な時間をすごさせてもらえました」とコメント。さらに鳥海さんも「1つの事象もいろんな切り口から追うとより理解が深まるはず」と「月」編の解釈の可能性を示唆しました。
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そして小野さんが「元号・大化の風を令和の時代に感じてもらえたことは感慨深い」、下野さんが「声優が本気を出すとこんなにすごいことができるんだぜ! と感じた。まだ可能性があることを感じた」と語るなど、「ライブドラマシアター」シリーズの今後の展開を予感させるコメントを残したところで、「月」編、そして『天つ風、飛鳥に散る花 〜蘇我入鹿の物語 陽/月〜』の全編の幕は降ろされました。
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菱山里美プロデューサー
バンダイナムコエンターテインメントによる初の朗読劇プロジェクトということで、実は公演が終了するまでずっとプレッシャーを感じていました。題材が少しマニアックだっただろうか、内容を受け入れてもらえなかったら……などという不安がありましたが、一緒に作り上げてくれたキャスト・スタッフの力で最高の初ステージを飾ることができました。観に来て下さったお客様にも受け入れてもらえてとてもありがたく思っています。
悌太さんが描く美麗な人物イラストや情景を見せる背景など視覚的な情報が最初のきっかけとなり、お客様が耳を傾けその世界に入ったときに本当にキャラクターたちが動き出す、そんな絵作りや演出をお届けできていたら幸いです。ライブドラマシアターは初公演を終えましたが、現在今後の構想を練っているところです。少しお時間をいただいてしまうかもしれませんが、どうか引き続き応援いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。
目と耳で楽しむ朗読劇という初の試みで、昼・夜公演ともに多くの来場者を魅了したライブドラマシアター。次に続くことに期待せずにはいられません。
【取材後記】
当然の話ですが、いい人にはいいことを行った理由が、一般的に悪いと言われる人にもその悪いことを行ったそれなりの理由というものがあります。今回のライブドラマシアター『天つ風、飛鳥に散る花 〜蘇我入鹿の物語 陽/月〜』では2つのストーリーを通じて、史実上“悪者”にされがちな蘇我入鹿がなぜ大化の改新のきっかけとなる行動を起こしたのか? そのなりゆき・可能性を史実と仮説という両面から立体的に探る物語に仕上がっていました。
「歴史は勝者がつくる」と言われがちな中、『天つ風、飛鳥に散る花 〜蘇我入鹿の物語 陽/月〜』は、大化の改新において敗者とされる蘇我入鹿に焦点を当てることでその良側面・悪側面の両面を描き出すとともに、歴史物語の奥深さを探るストーリーだったと言えるでしょう。
取材・文/成松哲 プロフィール
フリーライター→「音楽ナタリー」編集部を経て、再びフリーライターに。