各分野のプロフェッショナルが活躍するバンダイナムコエンターテインメント。そんなプロたちをつくりあげた原点とは?“3つの要素”から探ります。初回は、代表取締役社長の宮河恭夫さん。ご自身の仕事観に影響を与えた3つの要素について語っていただきます。
「僕が好きなエンタメは記憶に残るもの」。宮河社長を構成する3要素
1:音楽。「原点はライブの客席後方でパスを下げていたオヤジたち」
――今回、「宮河社長をつくった〇〇」という形で、「音楽」「映画」「レストラン」という3つの要素を挙げていただきました。まずは「音楽」についてうかがいたいのですが、ご自身の中で「音楽」が大きな存在になったのはどういった経緯だったのでしょうか?
宮河:僕はもともと子どもの頃から洋楽が好きで、中学生になった頃には沢山の洋楽アーティストの来日コンサートに通っていました。そんなライブでふと周囲を見ると、客席の後ろに首からパスを下げてブラブラしている外国人のオヤジ(アーティストスタッフ/ライブスタッフ)がいっぱいいて、「大きくなったらこういうオヤジになりたい」という憧れを持つようになりました。実は、それがのちに「バンダイナムコライブクリエイティブ」の立ち上げにつながりました。だから、僕にとってはパスが大事な要素なんです。そして、「バンダイナムコライブクリエイティブ」で代々木第一体育館や日本武道館でのイベントを開催したことで、大会場でAAA(Access All Area)のパスを下げる、という夢が叶うことになりました。
――ほかにも、叶えることができた小さいころからの夢はありますか?
宮河:CDのブックレットに入っている「Special Thanks」という表記もそうですね。昔、洋楽のレコードで見ては憧れていました。「将来はこういうところに載る人になろう」って、小学校5年生くらいで思ったんですよ。うちのグループで最初に関わったのは『オネアミスの翼』。バンダイで初めて作った映画で、まだ若い庵野秀明さんも一緒で。たまたま僕の同期の渡辺繁が作っていて、この作品で音楽監督をされた坂本龍一さんとご一緒できました。「CDが出ます」というときに、当然「宮河さんの表記はプロデューサーですね」と言われたけど、「そこは『Special Thanks』がいい」と伝えたら、「何を考えているんだ」と言われましたけど(笑)。だから、僕の場合は嘘でも何でもなく、小学校や中学校のときの夢をひとつひとつ実現させているだけなんですよ。もちろん、会社に利益を与えて。だから僕の原点は、「AAA」のパスや「Special Thanks」にしてもらうことでした。
――「音楽」を象徴するものとしてLUNA SEAの「宇宙の詩~Higher and Higher~」を挙げてくださいましたが、SUGIZOさんとの出会いはどんな経緯だったのでしょうか。
宮河:彼が『機動戦士ガンダム』が好きだというのは知っていたので、40周年のイベント直前の、動くガンダムを発表したときにコメンテーターに誘いました。そこから、好きな音楽が合うこともあり、たまにごはんを食べに行くようになったんですね。そして、「どこかで一緒に仕事をしたいな」と思っていたところで、『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』の音楽監督をお願いしました。普通はレコード会社が間に入ってタイアップで主題歌を決めることも多いですが、これは完全に2人で決めて進行したので、まったく企業色のないやり方が出来て嬉しかったです。
2:映画。「映画を“消費者目線”で更新するという試み」
――2つめの要素「映画」としては、ご自身がかかわられた『機動戦士ガンダムUC』を挙げてくださいました。どのような想いがあるのでしょうか。
宮河:これはTVではなく映画っぽい形にしたいということで「イベント上映」というカテゴリーを勝手に作ってやり始めたことが大きくて、思い出深い作品になりました。しかも、「上映と同時に劇場でDVDを売るよ」と言ったら、大騒ぎになって。
――これまでの「アニメ映画」の概念を覆す形式でした。
宮河:「劇場でDVDを売るなんてありえない! 誰も劇場に観に来なくなってしまう」と言われましたよ。さらに「ネットでも同時配信します!」と話をしたら、これも大騒ぎになって。昔は映画の公開から数か月後にDVDが出て、その商売が終わった頃にテレビで放映されるというスケジュールが一般的で、そこまでに6か月くらいの期間が必要でした。それがだんだん短くなってきている中で、僕はその期間をゼロにしようと思ったんです。
――どうしてそう思われたのですか?
宮河:それは「消費者目線」で考えたからだと思います。すごく簡単に言ってしまえば、自分自身が映画好きなので、映画館で見終わった後に「DVDがあれば今すぐ買うのにな」と思ったのがきっかけでした。「どうしてみんなやらないんだろう。すぐに売ればいいのに」と。そこで劇場公開と一緒にDVDを販売し、それが大成功して。話を聞いた全員が反対するものは、大ヒットか大失敗かのどちらかしかないと感じます。
――両極の結果が出る、と。
宮河:若い頃、石ノ森章太郎さんから「会議で新しい案をバッと出したときに10人のうち7、8人が『なんですか!? これ』と否定的な声をあげたら大ヒットするか大失敗するかのどちらかで、むしろヒットする確率の方が高いと思う」と言われたんです。その言葉は今もとても大事にしています。僕がやってきたことの中で世界中で大ヒットしたものと言えば、『美少女戦士セーラームーン』ですが、この作品では、「雑誌などで人気になってアニメ化する」という当時のセオリーとは違い、アニメとマンガを同時進行しました。また、それまで多くはなかった女の子が戦う作品、しかもミニスカートで、制服姿で戦う作品で。アイデアをまとめて、バンダイにプレゼンした瞬間、その場にいた全員が「宮河がおかしくなった」と思ったそうです(笑)。けれども、その作品は世界的に大ヒットして。もちろん、わざとみんなが「えっ!?」と思うものを出してはダメですが、「イケる」と信じたものへの反応がそれだったら、「いけるかもしれない」と感じます。大失敗するものものありますが、中庸にはならないんです。僕の場合、アイデアを出した瞬間に「いいですね」と言われたら、「才能がなくなったな」と思うでしょうね。
3:レストラン。「エンターテインメントをクリエイトする、シェフという仕事」
――もうひとつの要素として選んでいただいた「レストラン」は、エンターテインメントとどのように結びついていくのでしょうか?
宮河:僕にとっては、SUGIZOさんもレストランのシェフも全く同じ人種、クリエイティブな人なんです。ミュージシャンは楽器や歌で人を感動させて、映画は監督がフィルムを作って人を感動させます。そしてシェフは、料理で人を感動させてくれます。同じ野菜でも、その人がかかわることで魅力的なものになる。だから僕は、シェフとしゃべるのが大好きなんです。食事のあとにシェフと話をすることもありますが、みなさんクリエイティブですよ。僕の好きなレストランでミュージシャンと音楽談義をして、最後にシェフも混じって話をするのも好きです。プライベートでの楽しみは、それくらいしかないんですけど。
――お持ちいただいたブックレットを拝見すると、日本では銀座などに店舗のあるフランス料理店『ポール・ボキューズ』ですね。ポールさんとはお知り合いだったのですか?
宮河:実際に会ったことはなく、2018年の1月に91歳で亡くなられたんですが、ずっと憧れていました。たまたま、バンダイナムコエンターテインメントの支社がフランスのリヨンにもあるので、現地を訪れた際にリヨンにある本店に行くことが出来たのは、すごく嬉しかったですね。
――「食」の方たちがクリエイティブであると感じたきっかけはあったのでしょうか。
宮河:もともとごはんを食べるのが好きだったから、というのは大きいかもしれません。普通の和食屋でもそうですが、ごはんを作る人は、美味しく食べてもらいたくて作っているわけですよね。それはコンビニのおにぎりだって同じです。そして、音楽も映画も、みんなに聴いてもらいたい、楽しんでもらいたいという気持ちで作っている――。もちろん、自分が表現したいものをつくる芸術家もいますが、多くのミュージシャンや映画監督、レストランのシェフは、自己満足ではなく、誰かに感動してもらったり、誰かにいいと感じてもらいたいと思っているはずです。それは、我々の仕事と一緒だと思います。それをたまたま食で表現する人、音楽で表現する人、映画で、ゲームで、おもちゃやエンターテインメントで表現する人がいる、ということで。だからこそ、僕にとっては、美しい/美味しい料理と、エンターテインメントは同じものなんです。
――どの要素も「届け手のことを考える」姿に共感されているのですね。では、宮河社長が思うエンターテインメントの楽しさといいますと?
宮河:僕が好きなエンターテインメントは、形としてではなく、「記憶に残る」ものです。昔は物をコレクションすることも好きだったけれど、今はそれよりも、記憶に残るものが僕の中のエンターテインメント観として大きいです。ゲームだってそうですよね。買って、並べて喜ぶだけという人はあまりいない。音楽や映画や料理も、「過ぎ去っていくけれども、人の心の中には残っていくもの」で、だからこそ魅力を感じるのだと思います。
変化を迎えるエンタメ市場の中で、「自分たちはどうしたいか」をみんなで決めていきたい
――最後になりましたが、2019年4月1日付でバンダイナムコエンターテインメントの社長に就任されました。これからこの会社をどんな会社にしていきたいとお考えですか?
宮河:本気で世界に出るなら、覚悟を決めなければいけないと思っています。今、ゲーム市場は大きな変化を迎えています。バンダイナムコエンターテインメントはたまたま世界に行っているようにも見えていますが、世界のゲーム市場では非常に中途半端な立ち位置で、コンテンツだけが世界に通用している状態。実際には、世界のビジネスは規模も方法も大きく違います。一方で、もちろん、国内だけに照準を絞るのもひとつの方法です。ですから、国内で満足するのか、世界に出ていくのか、一年ほどかけてみんなと話し合いながら、「自分たちがどうしたいか」を決めたいと思っています。僕自身が「こうしたい」ではなく、「みんながどうしたいか」を聞きたいんです。5Gの時代が来て、サブスクリプションモデルがより普及していくと、エンターテインメントを取り巻く環境は変わります。そのときにどうするかを話し合い、会社として覚悟を決めて、進んでいきたいと思っています。
【取材後記】
エンターテインメントは記憶に蓄えられていく財産である、という信条に感銘を受けました。手元に残らないけれど、記憶に残って辛い時には支え、思い出しては幸せにしてくれたりもする。そんなエンターテインメントを届けるのがバンダイナムコエンターテインメントなのだ、と痛感しました。
本当はもっと沢山、素晴らしいお話をしてくださったのですが、それはまたいつか。
取材・文/えびさわなち
リスアニ!、リスウフ♪を中心にアニメ、ゲーム、特撮、2.5次元の雑誌やWEBで執筆中のエンタメライター。初恋はキャプテンハーロック(昭和版の夕方再放送を視聴していました)。
撮影/上山陽介
フリーのカメラマン。来月こそアイスランドに行けそうと思い、2年くらい経ちます。