ゲームをアーカイブすることの大切さとは?「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」

ゲームをアーカイブすることの大切さとは?「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」

関係者の方々に聞く、ゲーム作品&開発資料保存の意義

刻一刻と変化していくゲームのプレイ環境、そこで未来のために過去のゲームを「保存する」事の重要さが、今見直されています。8月に行なわれた「Ritsumeikan Game Week 特別展」をきっかけに、ゲームのアーカイブ活動にかかわる方々に「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」の想いを聞きました!

立命館大学に開発資料が集結!「Ritsumeikan Game Week 特別展」にて開催された 『ギャラクシアン』→『ギャラガ』→『ギャプラス』展

海外でも人気がある日本のメディア文化として、漫画やアニメーションとともに大きな役割を担うゲーム。とはいえ、ゲームは漫画やアニメに比べて歴史が浅いこともあり、作品を残すためのアーカイブ活動については、多くの課題を抱えています。そうしたゲーム文化の保存活動として、過去の株式会社ナムコのゲーム文化を対象に 2015年から株式会社バンダイナムコ研究所の兵藤岳史氏を中心に活動してきたのが「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」です。

一方、ゲーム文化保存に関してアカデミックな場所で残す活動を進めている団体のひとつである、立命館大学ゲーム研究センターの細井浩一先生を中心とした「立命館大学ゲームアーカイブ・プロジェクト(GAP)」。2019年8月、この団体による企画展「Ritsumeikan Game Week 特別展」にナムコ開発資料アーカイブプロジェクトが協力し、シューティングゲームの代表作「ギャラクシアンシリーズ」を中心に当時の設定資料や、開発者インタビューが楽しめる『ギャラクシアン』→『ギャラガ』→『ギャプラス』展が開催されました。

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この展示は、バンダイナムコ研究所の兵藤岳史さんと、元ナムコ社員で現在は「遊びと学び研究所」を主宰する岸本好弘さんが中心となる「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」の協力で実現したもの。当時のナムコの名作タイトル『ギャラクシアン』の開発資料を皮切りに、その続編にあたる『ギャラガ』『ギャプラス』の資料までを展示することで、開発時の創意工夫や、シリーズ作品を通してゲームシステムが進化する過程が展示されていました。

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開発資料には、当時の開発者の方々のメモ書きなども残っており、ひとつのタイトルが完成するまでのさまざまな過程が伝わってきます
兵藤岳史氏、岸本好弘氏

今回はナムコのゲーム開発資料のアーカイブ活動を行う「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」を手掛けるバンダイナムコ研究所の兵藤岳史氏と遊びと学び研究所の岸本好弘氏、立命館大学ゲームアーカイブ・プロジェクトの細井教授に、それぞれの立場から感じる「ゲーム文化をアーカイブすることの意義」についてうかがいました。

未来の開発者のためにゲームを残したい。「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」の挑戦

兵藤さんと岸本さんによる「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」は、“ゲームのつくり手”の視点から、メーカーの開発資料の保存を進めるプロジェクト。実際にゲーム制作にかかわってきた方々ならではの視点で展開されている資料保存への想いを聞きました。

兵藤岳史氏、岸本好弘氏
「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」を進めるバンダイナムコ研究所の兵藤さん(左)と、遊びと学び研究所の岸本さん。岸本さんはこの日、ご自身が開発にかかわられた『バラデューク』のTシャツを着ていました

――「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」は、ゲームの開発資料を保存/活用するプロジェクトと伺いましたが、「開発資料」とは、制作時にどんな役割を果たすものなのでしょうか?

兵藤:ゲームを制作する際には企画書を書いて提出し、承認が下りて初めて制作に着手するのですが、その企画書を見れば同じゲームが再現できるかというと、そうではありません。演劇にたとえると分かりやすいですが、開発資料は「台本」のようなもので、同じ台本を使っても、演出をする方(プログラマーの方々)が変われば、ゲームの形は大きく変わります。

岸本:ですから、そうした共同作業のもとになるのが開発資料だということですね。

兵藤:そうした資料をたどると、ゲーム制作の変遷をたどることが可能です。たとえば『マッピー』なら、キャラクターは企画当初から一貫しているのですが、ゲームシステムはさまざまな可能性があり、最終的に製品版になったことが分かります。『ゼビウス』にしても、縦スクロールのシューティングゲームであることは一貫していますが、その世界観は完成形に向けて大幅に変わりました。

兵藤岳史氏

――つまり、ゲーム開発者の試行錯誤や、さまざまなアイデアが分かるものだ、と。それをアーカイブすれば、作品を残すだけでは伝わらない、開発段階の努力も保存できるのですね。

兵藤:はい。ゲームの開発資料には、企画書や仕様書、アイデアコンテストの資料、調査資料や開発中のノート、開発中の写真などさまざまな種類のものがあり、我々の活動では現在、当時のナムコのタイトルについて7000件以上の資料を収集して整理/保存しています。
もともとのきっかけは、2015年に、既に会社を辞められていた岸本さんが、ご自身が開発にかかわった「『バラデューク』(1985年発売のアクションシューティングゲーム)の資料を見せてもらいたい」と言って会社を訪ねてこられたことでした。

岸本:『バラデューク』が30周年を迎えるタイミングで、開発者が集まるイベントを開催したいと思い、自分が過去に残していった資料を借りに行くことにしたんです。ところがその際……その資料が、すぐには見つからなかったんですよ。

兵藤:そこで調べてみると、川崎市の東扇島の倉庫に資料が残っていることが判明しました。ここは業務用のゲームマシンや筐体の物流倉庫で、その片隅に、色々な資料がまとめて保管されていたんです。

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こうした資料はゲーム史においても貴重なものですから、「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」を立ち上げて、2016年頃から整理業者の方に整理を進めていただきました。ただ、ゲーム作品には、同じ作品にも仮称や開発タイトルがたくさんありますし、移植タイトルも存在します。つまり、ゲームに詳しくなければ、きちんと整理保存することが難しいんです。

そこで、我々自身も作業に加わり整理を進めました。最初は資料保存として最低限の予算と人手で始まったプロジェクトですが、少しずつ軌道に乗り始めているため、グループを横断して今後活用可能な資産として扱っていけるように進めています。

岸本好弘氏

岸本:アーカイブ活動を持続可能なものにするためにも、開発資料からも利益を生んでもらいたい、と考えているんです。これって貴重な資産だと思うんですよね。我々がやりたいのは、そうした過去の知見を、「今の開発者や未来の開発者のために残すこと」です。
開発資料に書かれたアイデアの中には、当時は荒唐無稽に見えたものでも、今の技術なら可能なものがたくさんありますので。

――つまり、開発資料を残すことで、過去にゲームづくりに携わってきた多くの方々の知見も含めた総力戦で、新しいゲーム開発に向けたアイデアを生み出せるのではないか、と。

岸本:その通りです。もともと日本のゲームはアメリカで始まったものを輸入していたのが、日本独自の発展を遂げ、逆に海外へと輸出されるものになりました。その変化が、たった6年ほどの間に起きているんですね。過去の資料からその理由を考えるということは、ある意味ゲームに限らず、さまざまな分野で日本の産業をもう一度キラキラさせるための助けになるかもしれません

兵藤岳史氏、岸本好弘氏

兵藤: 2019年の2月頃からは、ほかのメーカーさんにもこの動きを広めようと思い、他社さんにもお声掛けをはじめまして、多くの企業に賛同していただく流れになりつつあります。

ゲームの開発資料は、「文化的遺産」でもありますし、同時に「産業的な遺産」でもあります。我々としては、業界内で協力をしながらそうした資料を後世に残していくことで、これから生まれていく新しいエンターテインメントの助けになれば、とても嬉しく思います。

兵藤岳史氏、岸本好弘氏
展示会場内では、兵藤さんと岸本さんは開発者トークイベントにも出演。数々の名作を生み出した80年代のナムコのタイトルなどをテーマに、お2人のアーカイブ活動の具体例などを紹介。和やかな雰囲気の中で、来場者との質疑応答も交えたトークが行なわれました
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「遊びは社会に先駆けるもの」。立命館大学ゲームアーカイブ・プロジェクトの想い

一方、立命館大学の細井先生を中心に活動している「立命館大学ゲームアーカイブ・プロジェクト(GAP)」は、大学という“アカデミックな場所ならではの視点”で、ゲームの産業/文化的な意義を伝えるアーカイブ活動を行っています。細井先生には、ゲーム文化の保存作業ならではの課題や、ゲームが社会に先駆けていた要素についてお話をうかがいました。

細井浩一教授
立命館大学ゲームアーカイブ・プロジェクトを進められている細井浩一先生。学内ではアート・リサーチセンター(ARC)センター長、ゲーム研究センター(RCGS)運営委員などを務め、ゲームの文化資源化に関する研究の第一人者として知られています

――細井先生が「ゲームをアーカイブすることの重要性」に気づいたきっかけは、どんなものだったのでしょうか?

細井:私がゲームの研究をはじめた1994年はプレイステーションが世に出て、任天堂とセガに加えてソニーがプラットフォームの競争に加わった時代でした。とはいえ、当時のゲームは、製造業やサービス業といった日本の産業の中では、それほど大きなマーケットではありませんでした。

当時の私は「過去の経営学ではまだ扱われていない、新しい分野の研究を進めたい」と考えて、ゲームに興味を持ったのですが、当時のゼミの学生に「君たちがやりたいことを教えてください」と聞いてみても、みなさん「ゲームの研究がしたい」と言うんですね。ゲーム産業はこれから市場も拡大しそうですし、珍しく日本が世界の市場でも勝っている産業ですので、「これは面白いかもしれない」と感じたのが最初でした。

ですが、過去の作品については開発企業の方々が自社でアーカイブしていると思っていたので、さまざまなメーカーに向かったところ……どの企業の方々からも、「アーカイブがない」と言われてしまうことになるんです。

――そこで初めて、過去のゲーム作品の保存状況やアーカイブの重要性に気づかれた、と。

細井:はい。ゲーム業界は、玩具産業と電子産業が合体したもので、当時の半導体産業の盛り上がりに、マンガやアニメの要素が加わって生まれたものです。つまり、当時のゲーム産業は、おもちゃ業界に高度なITテクノロジーが合体した、立ち上がったばかりの非常に新しい産業でした。ですから、旧来の企業とは違い、資料を整理し、アーカイブするという発想が、まだなかったのだと思います。その時点ではむしろ「新しいものをつくって、どんどん売ろう。負けたら、次の新しい勝負に挑もう」という方々が集まるような場所でした。

――当時の最先端のベンチャー企業のひとつだったということですね。ゲームというメディアそのものの特性から生まれる、アーカイブの難しさもあると感じられますか?

細井浩一教授

細井:たとえば、映画やアニメ、浮世絵のようなものだとアーカイブの仕方も分かりやすいかと思うのですが、ゲームは対応ハードやソフトの形式が豊富で、昔のPCゲームならフロッピータイプのものからテープのようなものまでありましたし、アーケイドゲームでしたら筐体がありますし、家庭用ゲームにもさまざまなハードが存在します。当時出はじめていたオンラインゲームも、それとはまた異なる形態を持っていました。

つまり、メディアとしての多様性が尋常ではなく、その数が多すぎるんです。そこで、すべてを追うことはできないと思い、まずは家庭用ゲームに絞ってアーカイブを始めました。また、昨今人気のあるソーシャルゲームも、現在だけでもタイトルが90万本以上あり、そのデータが日々失われている状態ですから、今後はこの分野でも方法を考える必要があります。ただ、そうした大変さを感じると同時に、ゲームの社会での影響力は、ますます高まっていくのを感じていました。

――では、細井先生は、ゲームが社会に与えた影響とはどんなものだとお考えでしょう?

細井:「人間とは遊ぶ生き物だ」という言葉で有名なオランダの歴史学者ヨハン・ホイジンガの著書『ホモ・ルーデンス』では、文化は遊戯の中で始まったものであり、文化は遊戯のより高次の諸形態であることが論じられています。これは、遊戯先行説と呼ばれたりしますが、「ゲームという遊びが、社会に先駆けているのはどんなことなのだろう?」ということは、今なら非常によく分かります。

今の世の中のさまざまな出来事の中には、ゲームが先駆けていたものが非常に多いのです。仮想空間の中で人とコミュニケーションすることもそうですし、携帯電話のボタンやスマートフォンのタッチスクリーンなどによって「情報を触って操作する感覚」も、ゲームが先駆けていたものでした。また、昨今ではゲームの要素が医療に使われはじめています。

ほかには今社会で必要だと言われているAIも、昨今企業の方々がよく言われる「SDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)も、ゲームが先駆けていたものだと思いますから、ゲーム的な要素は、これからますます社会の中で使っていけるものになるのではないかと思います。

細井浩一教授

――ゲームが社会に与える影響は、ますます大きなものになっている、と。今回の「Ritsumeikan Game Week 特別展」のように、アカデミックな場所で活動している方々と、開発メーカーの方々が手を取り合うことの意義については、どう感じられていますか。

細井:ゲーム制作時の開発資料については秘匿性や権利関係がありますので、我々では手をつけられない部分もあります。だからこそ、産学連携で進めていくのは意義のあることだと思いますし、そうしたさまざまな立場の方々がゲームのアーカイブについて連携するという意味でも、今回の学会や展示は、とても有意義な試みだと感じています。

会場内では、今回の展示会用に撮影された、各タイトルの開発者インタビューの映像が流されました。 「GALAXIAN」開発者、澤野和則氏、 「GALAGA」開発者、横山茂氏、 「GAPLUS」開発者、中谷始氏、 の3名による当時の開発の様子を語った貴重なインタビュー映像です。

ゲームは人々の「楽しい」を最大化するメディアであるからこそ、それをアーカイブして残すことで、未来のエンターテインメントや社会の形に貢献できると語るみなさん。ゲームのつくり手としてゲーム文化アーカイブ活動を行う「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」がアカデミックな研究機関が連携した「Ritsumeikan Game Week 特別展」と取り組んだ展示は、その大切さを多角的に体験できる場所としても、とても意義が感じられるものでした。こうしたみなさんの活動によって、現在のゲーム文化が、未来に語り継がれるのかもしれません。

細井浩一教授
兵藤岳史氏、岸本好弘氏

【取材後記】
今回の取材で感じたのは、「さまざまな立場の方々が連携して文化を残していくことの大切さ」でした。この試みは、今後どんなふうに広がっていくのでしょうか? それぞれのアーカイブプロジェクトの未来についても、非常に楽しみになりました!

取材・文/杉山 仁
フリーのライター/編集者。おとめ座B型。三度の飯よりエンターテインメントが好き。