7月27日、羽田空港内の「TIAT SKY HALL」で行われたコンサート「ACE COMBAT™/S THE SYMPHONY」。『エースコンバット』シリーズの楽曲の魅力が生演奏で表現されたこの公演の取材レポートと、『エースコンバット』楽曲の工夫について、ブランドディレクターの河野一聡さん、作曲家の小林啓樹さん、サウンドディレクターの渡辺量さんに聞きました!
制作スタッフが明かす、空港内で開催されたコンサートへの想い
空を間近に臨む場所「空港」内のホールで開催されたコンサート。異例の企画の誕生秘話
7月27日に開催された「ACE COMBAT™/S THE SYMPHONY」はド迫力そのもの。管弦楽団にギター、ベース、ドラム、キーボード、さらにはコーラス隊からなる楽団は、普段皆さんが『エースコンバット』をプレイしているときと勝るとも劣らない、ゲーム画面が思わず脳裏に浮かぶかのような臨場感あふれるサウンドを奏でていました。果たしてこのダイナミックなサウンドはいかにして誕生したのでしょうか?
——「ACE COMBAT™/S THE SYMPHONY」の大成功、おめでとうございます! まずは公演を終えての率直な感想を教えていただけますか?
河野:ゲームは皆さんが自宅でプレイされているものなので、普段の我々は、ユーザーの方々が感動している姿を直接見ることはできません。でも今回のイベントで曲が始まって、ステージ奥のスクリーンにゲームのロゴが浮かび上がった瞬間、会場の皆さんが感極まっている様子を感じ取ることができて。あの光景を見られたのは、僕たちとしても感動的な体験でした。
小林:お客様がどのくらいの熱意を持って聴きに来てくださるのか、本番までわからなかっただけに、当日のあの反響には圧倒されましたね。
渡辺:僕はもともと、『エースコンバット』の音楽が好きでバンダイナムコスタジオへの入社を決めたという経緯があり、しかも新人時代の指導社員が小林さんでした。今回は光栄にもセットリストの草案も考えさせていただいたので、当日に会場で楽曲が流れたときは、感動して思わず泣いてしまいました。
——管弦楽をフィーチャーしたクラシックのコンサートのようなスタイルにもかかわらず、若いファンの方が大勢集まっていたのに驚きました。女性ファンの方も非常に多かったですよね。
河野:そうですね。『エースコンバット 7 スカイズ・アンノウン』(2019年1月発売。以下『7』)をリリースしたころから、ファン層の変化の感触はあって、新しい方々がプレイしてくれているとも聞いていました。だから、実際にコンサートを開催してみて、目の当たりにすると新鮮な驚きがありました。コンサート後の反応で、昔からのファンも、新しいファンも本当に『エースコンバット』が好きで来てくれたということがわかったのも、非常にうれしかったです。
小林:演出や映像、それから音楽を含めた『エースコンバット』というコンテンツ全体が、いろんな年齢層、性別の方々に楽しんでいただけていることは、プロジェクトの皆さんは勿論のこと、私にとっても本当にうれしいことでした。
——「ACE COMBAT™/S THE SYMPHONY」の構想はいつごろからあったんですか?
小林:4〜5年前からありましたが、「音楽だけがスポットを浴びているゲームではない」という想いもあって、なかなか踏み切れなかったんですよ。
河野:随分前から『エースコンバット』シリーズの音楽は評価が高くて、サウンドトラックもゲーム音楽の中では非常に売り上げが好調でした。ですから、ニーズがあることはわかっていたんですが、『エースコンバット』はあくまで、ゲームシステムやグラフィックも含めた、様々な要素がひとつになって生まれている作品ですし、「音楽だけのイベントを開く」というのは、読み切れない、そう簡単ではない挑戦でもあるので、その第一歩を今回、ようやく実現することができたというのはブランドにとって大きいですね。
——戦闘機が主役のゲーム音楽のコンサート会場が、羽田空港内にある「TIAT SKY HALL」というシチュエーションもシャレていましたね。
河野:実は、それ偶然起こったことなんですよ。正直に言うと、適正な動員の会場を探していたら「TIAT SKY HALL」に行き当たったという感覚で。でも、ゲームにせよ、イベントにせよ、何かを作っている最中には、偶然としか言いようがない巡り合わせが起こることがあるんです。今回は、それが空港――。つまり、『エースコンバット』の世界観にも合う場所だったということなんだと思います。
小林:そこは「仕掛けました」って言いましょうよ!(笑)。もちろん、「TIAT SKY HALL」は、最初に企画が持ち上がったころから、候補のひとつとして挙がっていましたよね。
河野:そうですね。「TIAT SKY HALL」ならば、遠方から来られる方が飛行機でパッと乗り付けることもできますし、コンサートの余韻を感じながら、飛行機に乗って帰路についていただくこともできます。そういう意味でも今回のコンサートに合う会場だと感じました。
ユーザーの「体験」に寄り添う『エースコンバット』シリーズの音楽の豊かさ
——管もいれば、弦もいて、さらにはドラム、ベース、ギター、キーボードもいる多人数の編成のコンサートを成立させるのには、ご苦労があったのではないでしょうか?
河野:でも、僕らとしてはあれでも小さくやったつもりなんですよ。
——確かに、フルオーケストラではなかったですね。
小林:はい。今回の「ACE COMBAT™/S THE SYMPHONY 」は第1回目ということもあり、絶対にお客様に「良いコンサートだった」と言っていただきたかった。その「感動」や「体験」が薄まらない、成功が約束された形式を探る必要があったんです。
河野:お客様にも会社にも「大成功だったね」と言ってもらえれば、次はもっと高い目標を目指せますから。つまり、僕らとしては次に繋げていくための第一歩として、次にどこまで拡げられるか、検討の上で決めたのが今回の規模でした。
——実際の演奏についてはいかがでした?
小林:指揮者を担当していただいた志村健一さんとはもともとお付き合いがあったこともあり、全く心配はしていませんでした。が、それでも心配は尽きないもので(笑)。リハの時点ではPA(ライブやコンサートで音響を担当するエンジニア)の方々が入ってなかったので、本番までは「スピーカーを通したときにどんな音になるのか?」という不安は感じていました。
河野:でも、いざ本番になったらすべてのクオリティが上がっていて。「さすがプロだな」と思いましたし、観客の皆さんにも好評をいただくことができました。
——そもそも、なぜ『エースコンバット』の楽曲は管弦楽を取り入れたサウンドになっているのでしょうか? 戦闘機をテーマにしたゲームということを考えると、たとえばヘヴィメタルやテクノのような音楽になっても不思議ではないと思うのですが。
河野:それは、『エースコンバット04 シャッタードスカイ』(2001年発売)のときに僕が「オーケストラでやりたい」と言いだしたことがきっかけですね。
小林:確かに、戦闘機に乗るライド感、アトラクション感を味わわせたいならヘヴィメタルやテクノのような楽曲が合うと思うのですが、『エースコンバット』はそういうタイトルではないですから。この作品で本質的に描いているのは「物語」であり、「登場人物の心」なのです。それを音楽という素材で表現するなら管弦楽が合うんじゃないか、という判断に至ったんです。
渡辺:そこが面白いところだと思うのですが、小林さんは音楽を手段のひとつと考えているんです。アーティスティックな楽曲を作っているのに、ご自身をアーティストとは考えていない。音楽をあくまでユーザーの方々を感動させる一要素だと思っていらっしゃるんです。
――会場でも、泣きながらコンサートを観ている方がいました。
河野:光栄なことでした。音楽もあくまでユーザーの皆さんを感動させるための一要素だという意味では、僕の中でも、お客様が一番、小林先生は二番、量くんは三番です(笑)。ゲームを作っているときは、まだ形になっていない段階からすでに頭の中には映像があるし、音も鳴っているんです。たとえば最終ステージなら朝日が向こうからさしてきて、バックにシンフォニックな曲が流れている。その中で、ユーザーの方が「オレは英雄だ」と感じてもらえる――。そういったビジョンに向かって作っています。ゲームの音楽は、あくまでそうした「体験」をしてもらうためのマテリアルのひとつというのが事実なんです。ただ、ゲームは、ある意味で特殊なエンターテインメントだと思うんですよ。なりたいものになれるし、普段だったらできないこともできる。『エースコンバット』シリーズであれば、戦闘機のパイロットになって、世界の平和を救う英雄にもなれるんです。その英雄として活躍しているときに流れている曲という意味では、プレイヤーの感情、思い入れが違って、経験と結びつき、作品を構成する単なるマテリアルのひとつを越えた価値があるのだと思います。
渡辺:『7』にはPlayStation®VR 用に開発したVRモードがありますが、ユーザーさんの没入感を高めるために開発途中に一度BGMを切ってみたんです。でもいざBGMを切ってみたら、ただのフライトシミュレーターになってしまって。そのときに、やはり小林さんや社内にいる作曲者たちの楽曲があってこその『エースコンバット』シリーズだということを改めて感じました。
「ギリギリまで最高を追い求める」。『エースコンバット』の音楽に込めた想い
——今のお三方の空気感や、コンサート当日、MCとしてステージに上がった河野さんと小林さんの雰囲気を見ると、すごく濃密な関係性を感じます。単に「曲を発注した」「書いた」「受け取った」という関係には見えないことが、とても印象的です。
小林:作家の立場から見ると、確かにこういう関係は珍しいのかもしれません。通常は、コストや時間は双方減らしたほうがいいという部分もあるはずですから。けれども、『エースコンバット』では、常に顔を合わせて打ち合わせをしていますし、作業の本当に最後の段階まで、何度もやりとりをして楽曲を作り直していきます。すべて作曲作業を終えて、一度は「完成だ」と思っても、本当にギリギリの段階まで、「こうしたらもっとよくなるはずだ」と、全員が理想を求めていくんです。一見ムダとも思えることまでやってクオリティを上げていくのが、『エースコンバット』の音楽なのかな、と思っています。
渡辺:もちろん、スクラップ&ビルドはバンダイナムコエンターテインメントのほかのプロジェクトでも行われていますが、僕が知る限りでは、『エースコンバット』はその中でも最高にスクラップ&ビルドをしているタイトルのひとつだと思います。僕は『7』で初めてサウンドディレクターとしてシリーズに参加したんですが、今後何が起きても驚かないというくらいの作業を体験しました。それだけ音楽の力を信じてくれているのは、サウンドセクションとしても、とてもうれしい体験でした。
——今後、『エースコンバット』シリーズの音楽展開はどうなっていくのでしょうか?
河野:まずは、12月3日に最新作『7』のサウンドトラックが6枚組で発売される予定になっています。
——コンサート当日に情報が解禁されたとき、客席からも「買うよ!」という声が多く上がっていましたね。
河野:非常にありがたいです。でも、作業自体は今まさに大変な苦労をしているんだよね?
小林:まだ苦労をしているところです(笑)。
渡辺:まだトラックを整理しています(笑)。
河野:100曲越えだもんね。また、コンサートに関しても、今回の「ACE COMBAT™/S THE SYMPHONY」終了後、SNSにも、アンケートにも「もっと規模の大きいホールで、フルオーケストラ編成でやってほしい!」という意見をたくさんいただいたので、それに応えるのはブランドの使命だとも思っています。
小林:ですので、今後の展開にも期待してもらえると、めっちゃうれしいです。
【取材後記】
ゲームユーザーの「感動」や「体験」に寄り添うことを第一に考えて制作された『エースコンバット』シリーズの音楽は、だからこそ多くの人々の「記憶に残る音楽」になるのかもしれません。その魅力を会場で多くのファンとともに体験できるコンサートとして、大盛況のうちに幕を閉じた今回の「ACE COMBAT™/S THE SYMPHONY」。今後、このようなイベントの開催も、楽しみに待っていようと思います!
取材・文/成松哲 プロフィール
フリーライター→「音楽ナタリー」編集部を経て、再びフリーライターに。