バンダイナムコエンターテインメントが経営に参画するプロバスケットボールチーム「島根スサノオマジック」が、Bリーグ1部(B1)で初のチャンピオンシップ進出を達成。キャプテン兼司令塔としてチームを牽引し、リーグの優秀選手にも選出された安藤誓哉選手に、ドラマティックな1年を振り返ってもらいました。
バンダイナムコエンターテインメントが2019年に経営に参画した島根スサノオマジックが、今年、新たな歴史を刻みました。
6月に閉幕したBリーグ(B1)2021-22レギュラーシーズンでクラブ史上最高位となる西地区2位となり、上位8クラブで争われるチャンピオンシップに初出場。初戦で二度のリーグ制覇を誇る強豪・アルバルク東京を撃破し、続く琉球ゴールデンキングスには惜敗したものの、リーグのベスト4にまで上り詰め、”新体制1年目”ともいえる陣容で、このような好成績を成し遂げました。
2021-22シーズンより、クラブは新たに元ニュージーランド代表監督のポール・ヘナレ氏をヘッドコーチに迎え、昨季のMVP・金丸晃輔選手や東京五輪銅メダリストのニック・ケイ選手、そしてアルバルク東京でキャプテンを務め、日本代表として2019年上海ワールドカップを経験した安藤選手という錚々たるメンバーを獲得。そして、彼らが備える「勝者のメンタリティ」に引き上げられるように、チームは結束しながら躍進していきました。
今回のファンファーレでは、前編で気迫溢れるパフォーマンスと力強い言葉で島根スサノオマジックに新しい風を吹かせた安藤選手のインタビュー、後編ではチームCEOの田中快さん、バンダイナムコエンターテインメント冠試合で独自性に富んだイベントや取り組みを手掛けた担当者のクロストークを通して、なぜスサノオマジックがここまで躍進できたのかを探ります。
安藤 誓哉
「思いがけない移籍」のスタートは、全員が「優勝する」と言える雰囲気作りから
――今季の島根スサノオマジックの躍進は、クラブはもちろん、Bリーグ全体にとってもセンセーショナルなものとなりました。改めて、シーズンの振り返りを聞かせてください。
安藤:21年は4季所属したアルバルク東京を離れて、島根スサノオマジックに移籍するという新しい挑戦に踏み切りました。夏に合流して以降、シーズンを通して、とにかく前を向いて、がむしゃらに戦い続けたシーズンだったと思います。最後は琉球ゴールデンキングスに敗れて悔しい思いもしましたが、非常に充実した、後悔のないシーズンだったなと感じています。
――アルバルク東京でメインのポイントガード(司令塔)を務めていた安藤選手の移籍には、誰もが驚きました。決め手はなんだったんでしょう?
安藤:今回の移籍は僕自身にとっても思いがけないものではありましたね。「自分はずっとアルバルクにいるんだ」と思い込んでいたところもあったので、フリーエージェントになるタイミングで島根スサノオマジックからオファーを受けたときは驚きました。ただ、「優勝するためにあなたが必要です」と、僕を本当に必要としてくれているという気持ちを強く感じて、その気持ちに本気で応えたいと思ったので、移籍を決めました。
――「優勝」という大きなミッションに向けて、チームにどのような働きがけをしましたか?
安藤:島根スサノオマジックに関わるすべての人に、優勝を目指してほしいとは思っていました。
チームに合流した時、優勝に対する気持ちが少し足りないのかなって感じたんです。言ってしまえば、『優勝を目指します』っていうことを恥ずかしいと思っているというか……。
古巣のアルバルク東京は、全員が当たり前のように「優勝しなきゃいけない」と思っているチームだったし、僕自身もそうでした。
選手はもちろん、チームスタッフ、フロントスタッフにも、なるべく早く、100パーセント本気で優勝をめざすっていう意識をもってもらいたいと思っていました。なので、ミーティングやメディア対応のときに「今年は優勝」って言葉を言い続けました。せっかくプロとしてバスケをやってるんだから、優勝を目指してやったほうが楽しいじゃないですか。
――チームの雰囲気が変わりはじめたな、と感じるタイミングはありましたか?
安藤:開幕戦(2021年10月2日)で千葉ジェッツに勝てたことで、さっそく「あれ、今年は(優勝まで)いけるんじゃない?」って雰囲気になりましたね。
その後、これまで勝てなかった相手に徐々に勝ち星を挙げていくなかで、みんなが自信をもって「優勝」というイメージを描けるようになったんじゃないかなと感じました。
――スサノオマジックが千葉ジェッツに勝利したのは、Bリーグが開幕した2015−16シーズン以来、初。開幕戦にして歴史的な出来事でした。
安藤:あの試合は、たぶんほかのチームがびっくりするほど気合が入ってましたからね。チームとしても新体制ですし、個人的にも新しい挑戦のスタートということで、すごく気持ちが入ってました。
僕、試合後の取材対応で「この勝利はあくまでレギュラーシーズン60試合の一勝なので、今後も着実に勝ち星を増やしていきたい」みたいなことを言ったんですけど、今振り返ると、「たかが一勝、されど一勝」という意味合いも含まれていたなって感じます。
――安藤選手はこの試合のヒーローインタビューに登壇し、ファンに向けて「覚悟をもって一緒に戦ってほしい」と語りかけました。以降『覚悟』という言葉はシーズンを通したチームのキーワードになったわけですが、この言葉は、もともと用意していたものだったんですか?
安藤:そうですね。どこかのタイミングで言えたらいいなと思っていたら、いきなり開幕戦のヒーローインタビューで言えました(笑)。
「今季はバスケットだけでなく人生として一番いい時間を過ごせたかも」
――昨季の島根スサノオマジックは、ヘナレ ヘッドコーチが提唱する「バズソー」というスタイルで勝ち星を重ねました。バズソー(丸ノコ=回転する刃で木材を切断する工具)のように、オフェンスとディフェンスが一体となったスピーディーなスタイル。実際にプレーしてみての感想を聞かせてください。
安藤:ディフェンスとオフェンスを分けず、いいオフェンスをするためにいいディフェンスをして、いいディフェンスするためにいいオフェンスをして……みたいな感じで、面白かったですね。
アルバルク東京でやっていたスタイルとはまったく違っていたんですけど、もともと僕は新しいものに対して好奇心が強いので、「ああ、俺ってこんなバスケにもフィットできてるんだな」みたいな充実感がありましたし、楽しかったです。
――実際に、楽しそうというか、いきいきとプレーされていましたね。
安藤:新しいチームがどんどん成長していく過程が楽しかったからだと思います。そしてその過程が勝ちに結びついたのも大きかった。いくら自分が30点も40点もとったとしても負けたら面白くないんで。
――アルバルク東京時代から安藤選手のパフォーマンスもちろん素晴らしかったですが、昨季はなんといいますか、鬼気迫るものを感じたというか、ご自身のキャラクターをいっそう強烈に表現されていたように感じました。
安藤:ああ……おっしゃるとおり、本当に人間性を出せたシーズンでしたね。バスケットボールを通じて、人生の中でも一番いい時間を過ごせたかもしれません。
――チャンピオンシップ準々決勝、アルバルク東京戦の第3戦では、ファンや古巣ベンチへの「煽り」のパフォーマンスも見せました。あのようなことも、これまでのシーズンには見られなかったような。
安藤:やったことないです。自然と出ましたね。
プレーオフ初戦の相手は、レギュラーシーズンの最終戦まで決まってなかったんですよ。「アルバルクがくるかな……? いや、こないかな……? これできたら、神様が呼んじゃってるよな……」なんて考えていたら、本当に来ちゃった。
自分が去年までいたチームをホームに迎えて、セミファイナル進出が決まる大一番を戦うなかで、勝負に対する意志とか危機感とか、僕のなかにあるすべての感情が高まった……簡単にいうと、とにかく勝負にこだわっていたから、ああいうパフォーマンスが出たんだと思います。
――続く準決勝で琉球ゴールデンキングスに2敗し、新生・島根スサノオマジックの1シーズン目は終幕しました。この試合で感じた、今季に向けた課題はありましたか?
安藤:ファイナルを制して優勝するには、気持ちをより強くもち続けないといけないなってことですかね。今だから言えますけど、身体も心も酷使しちゃって、正直ファイナルまで行けるイメージがなかったので。
今季は僕らに向かってくるチームが増えると思いますが、正面からしっかり立ち向かっていって、ファイナル制覇までいくっていう本当の覚悟をもたないと、新しい挑戦は達成できないのかもしれません。
――1年目の覚悟のシーズンでしたが、2年目もそうですか。
安藤:これからもいろんな変化や困難があるでしょうし、なんなら、もうずっと覚悟だと思ってますけど、現時点では「新たな覚悟」という感じですね。
「新体制だからこそ」という大きなエネルギーが、チームを高みへと運んだ
――昨季のBリーグは、新型コロナウイルスに端を発する試合や練習の中止、過密日程、そしてそれに伴うコンディション不良者の続出など、ほとんどのクラブが例年以上の困難に見舞われました。そのような状況下で、ほぼ新体制といっていい島根がなぜすばらしい成績を残せたのでしょう?
安藤:新体制だったから、がその答えのような気もしますね。長年積み上げてきたチームに、うちは「新しいスタート。やってやろう」っていうエネルギーで対抗できたんじゃないかと思います。
――そういう点で貢献してくれた選手を挙げるとすると?
安藤:ペリン・ビュフォードはよくも悪くもとにかくぶれず、我の強さを押し通してチームにエネルギーを与えてくれました。ニック・ケイは、勝利へのメンタリティがすごかったし、日本でプレーする1年目にも関わらず、チームのスタイルにしっかりアジャストしてくれて。
なんというか、ロールプレーヤーなんていうありふれた言葉で表現するのが申し訳ないくらい素晴らしいプレーヤーでした。
――2選手はもちろんのこと、安藤選手自身も素晴らしい活躍でした。レギュラーシーズン54試合とプレーオフ4試合のすべてにスタメン出場し、レギュラーシーズンにおける1試合のアベレージスタッツは32分45秒出場、15.7点、アシストは5.7本。開幕戦で「僕がバズソーのモーターになりたい」とコメントされていましたが、まさにそのとおりの活躍。シーズンMVPにもあと2票まで迫りました。
安藤:MVPは取れるなら取りたかったというのが正直な気持ちですけど、スタッツに関しては「これだけ試合に出てれば、そりゃね……」みたいな感覚ですね。
――そうはおっしゃいますが、これだけの試合に出場しながら、シーズンを通してコンディションとメンタルを保ち続けるのは簡単ではないと思います。どのようにコントロールされましたか?
安藤:出場時間が増えたことで当然疲労度は増しましたし、責任も増えました。けれど、いつも『やれるところまでベストを尽くす』という意識でいましたし、コートに入っているときは『今後のことを考えてセーブしないと』みたいな考えはありませんでしたね。
小さなものを含めて怪我はほとんどありませんでしたし、いいコンディションでやれたと思います。(筆者註:安藤選手はシーズン中に鼻を骨折していますが、どうやら本人にとっては怪我の範疇に入っていないようです)
「バンダイナムコエンターテインメントのゲームで、もっと対戦してみたいです」
――19年にバンダイナムコエンターテインメントが経営に参画して、島根スサノオマジックではゲームやキャラクターとコラボレーションしたさまざまな新しい取り組みがあったと思います。21年に移籍してきた安藤選手にとっては新鮮な経験だったのでは?
安藤:ゲームやキャラクターを活用しイベントができるって、本当にすごいことだなと強く感じました。僕はこれまでに3つのチームに在籍しましたが、ここまで親会社とがっつりコラボレーションした企画を展開しているクラブは初めてです。
――安藤選手は、冠試合のハーフタイムイベントで、後藤翔平選手と『太鼓の達人』で対決されましたね。
安藤:あれはめちゃくちゃ面白かったし、有名なゲームを活用した企画をプロスポーツクラブでできるのはすごいことだなと思います。
――せっかくなので、あの対決のエピソードを聞かせてください。
安藤:中学生のころにゲームセンターで『太鼓の達人』をよくやってました。対戦に使った「アンパンマンのマーチ」、実はめっちゃ好きなんですよ。曲を選ぶときに「アンパンマンでよくない?」って後藤に言ったら「全然いいよ」って言われたので、これはラッキーって思いました(笑)。
――選曲は安藤選手だったのですね(笑)。今後、バンダイナムコエンターテインメントならではの、やってみたい企画はありますか?
安藤:ゲーム対決企画は今後もしてみたいですね。例えば『太鼓の達人』も、来季はシーズン中に何度か対決して、「安藤がうまくなった!」みたいな過程を楽しんでもらうとか。
本物の「バズソー」を作るには、選手、スタッフだけでなくファンの力が欠かせない
――2022年7月1日の新体制発表会にて、2022-23シーズンのロスター(登録メンバー)が発表されました。新加入の谷口大智選手、津山尚大選手は安藤選手のかつてのチームメイトでもありますが、今季はどんなチームになりそうですか?
安藤:昨年を経験したメンバーがほとんど残り、そこにシュート力のある2人が加わります。ヘナレ体制2年目の僕らと新たな選手が合わさることで、より切れ味のあるバズソーを見せられるんじゃないかと思います。
――個人として積み上げていきたいところは?
安藤:ポイントガードとしてバズソースタイルでプレーしてみて、ちょっとがむしゃらにやりすぎたというか、無駄が多かったなという反省もあります。今季はもうちょっとソリッドに、冷静さをもちながらプレーしていきたいです。
――島根スサノオマジックは島根唯一のプロスポーツチームですし、今回の結果を受けて地元からの注目度も増しそうですね。
安藤:島根の町中で声をかけられると「愛されてるんだな〜」と実感します(笑)。これからは大げさに言えば、町おこしの象徴みたいな存在になっていきたいですね。僕らを見て元気になる地元の人を増やしたい。
チャンピオンシップのアルバルク東京戦は、アリーナが青いTシャツを着た島根スサノオマジックのファンの方々で埋め尽くされましたけど、あの光景が毎週見られるくらい、何なら試合のチケットをとるのが大変になるくらいがんばりたいです。
――最後に、ファンの皆さんに今季の抱負をお願いいたします。
安藤:昨季に結果を残したことで、皆さんは「今年は優勝だ!」と盛り上がっているかもしれませんが、勢いだけでは絶対勝てないですし、相当厳しいシーズンになると思っています。
僕はシーズンオフの今、心身の休養をとり、昨季の課題を振り返りながら来季の準備をしているところです。ファンの皆さんにも昨季の戦いを振り返って、ゆっくり来シーズンの準備をしていてくださいね、と言いたいです。
チームもファンもひっくるめた「島根」としてもっと一体感をもたないと、Bリーグ制覇はできません。一緒に”本物の刃”を作っていきましょう!
後編はこちら↓
プロバスケ「島根スサノオマジック」関係者が考えるスポーツ×エンタメの可能性とは?【後編】
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今回のインタビューを記念して、バンダイナムコエンターテインメント公式Twitter(@bnei876)にて、安藤選手サイン入り「島根スサノオマジック」Tシャツのフォロー&RTキャンペーンを開催します! 下記応募規約をご確認の上、ぜひご応募ください。
【編集後記】
Bリーグ以前から国内バスケを取材している筆者にとっても、今季のスサノオマジックの戦いぶりは非常にセンセーショナルかつ、わくわくさせられるものでした。なかでも、厳密なルールに基づいたプレーを求められるアルバルク東京で少し窮屈そうに見えた安藤選手が、新天地で水を得た魚のように暴れ回っている姿には、胸のすくような思いを抱きました。今回のインタビューでご本人の話をうかがい、彼がチームにもたらしたものの大きさを知ったことで、田中CEO、堀GMはよくぞ安藤選手にオファーを出したなと改めて感心させられました。
創設から間もないBリーグは、毎年目まぐるしいような変化を遂げています。安藤選手が話すように、来シーズンも同じような結果が待ち受けているかはわかりません。ただ、情熱溢れるキャプテンが率いる来季のスサノオマジックは、間違いなく去年以上にいいチームになることでしょう。より磨かれたバズソーにお目にかかれるときが、今からとても楽しみです!
取材・文/青木美帆(ブルーノオト)
バスケットボール専門誌の編集部を経て、国内バスケ界隈で取材・執筆活動中のライター兼編集者。息子(小1)の影響で、ガンダム、ウルトラマン、ドラゴンボール、仮面ライダーに囲まれた日々を送っている。
https://twitter.com/awokie
1992年生まれ、東京都出身。リンク栃木ブレックス(現宇都宮ブレックス)、秋田ノーザンハピネッツ、アルバルク東京を経て21年に島根スサノオマジックに移籍。学生時代より世代別日本代表としてプレーし、2022年度の日本代表候補にも選出されている。181センチ84キロ。