スタートアップ投資ファンド『021 Fund』池田一樹に聞く。商社マンからエンタメ業界へ転身。大切なことは「人と人、会社と社会をつなぐこと」【SPOTLIGHT】

最近よく聞くようになったメタバース。バンダイナムコエンターテインメントも「IPメタバース」の実現に向けて取り組んでいます!

今回の【SPOTLIGHT】シリーズでは、この構想を実現するために生まれたファンド『021 Fund』の中心人物、池田一樹さんにお話を伺いました。

【SPOTLIGHT】とは?
ファンファーレ編集部が、今気になるバンダイナムコエンターテインメントの社員に話を聞く連載企画。仕事に取り組む社員の素顔に【SPOTLIGHT】を当てて、これまでの経験や思い、本人のキャラクターを紐解きます。本シリーズを通して、これからのエンターテインメントが創る未来を照らします。

2022年4月、バンダイナムコエンターテインメントは「IPメタバース」の構築および、新たなエンターテインメントの創出を目指したファンド『Bandai Namco Entertainment 021 Fund』(以下、『021 Fund』)を立ち上げました。

今後、「IPメタバース」が実現したら、どのようなエンタメ体験ができるのでしょうか? 『021 Fund』の中心人物である池田一樹さんに語っていただきました。後半ではバックパッカーをしていた学生時代や、タイでムエタイ修行をしたエピソードなど、池田さんの意外な素顔に迫ります!

※1 IP:Intellectual Property の略で、キャラクターなどの知的財産のことを指します。

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池田 一樹

バンダイナムコエンターテインメント 経営推進室経営企画部
バンダイナムコホールディングス 経営企画本部経営企画部 兼務

2020年にバンダイナムコエンターテインメントに入社し、『021 Fund』の立ち上げに携わる。

リアルとデジタルの垣根を超えて、大好きなゲームやアニメの世界に入り込める空間

――2022年にバンダイナムコエンターテインメントが立ち上げた『021 Fund』では、「IPメタバース」の実現を目指していると聞きました。メタバースという言葉は最近よく耳にしますが、「IPメタバース」とはどういったものなのでしょうか?

池田:一般的に考えられているメタバースとは、広義には「現実世界のように人がアバター(自分の代わりに仮想空間のなかで動かすキャラクター)を通してコミュニケーションしたり、コンテンツを楽しんだりできるインターネット上の仮想空間」を、狭義にはチャットのようなコミュニケーションツールをイメージするか思います。

なかでも「IPメタバース」は、ガンダムなどのゲームやアニメでお馴染みのキャタクターが登場し、その世界観を楽しんだり、作品が好きな人同士で交流したりできる場です。

――それはすごい! キャラクターの世界に入り込めるんですね。

池田:そうなんですよ。そのような世界観でファンが中心になって空間を埋め尽くせば、楽しい時間をユーザー同士が分かち合えるのではないかと考えています。

「ガンダムメタバース」ではプラモデル、ゲーム、アニメなどのカテゴリーごとのコミュニティで区分けし、ファン同士で自慢し合ったり、魅力を伝え合ったりするような、そんな「行きたくなる場」にしたいと考えてます。

さらに、「IPメタバース」におけるファン同士のデジタルなつながりをきっかけにして、​リアルなつながりも活発になるとうれしいです。

メタバースのライブで知り合ったファン同士でリアルのライブに行ったり、メタバースショップでアイテムを購入したファン同士でリアル店舗に出かけたり、といったことを考えています。

――メタバースを使ったオフ会みたいなものですね。メタバース内のアバターはマッシブなおじさんだったけれど、実際に会ってみたらクールな青年だった。みたいな展開も生まれそうです。

池田:構想が実現すれば、そういった出来事も起きると思います。僕らが作りたいのはリアルとデジタルの両方を行き来して、IPを媒介に人と人がつながれる世界なんです。

『021 Fund』では、「IPメタバース」や新たなエンターテインメントの創出を実現するためにスタートアップ企業へ出資をしています。

僕がアバターを作るなら、現実とは異なるペルソナに挑戦してみたいです。K-POPスターみたいななんかツルツルしたイケメンとかですかね(笑)。

投資先企業の発展を後押しするため、「なんでもやる」

――現在池田さんは、『021 Fund』で具体的にどのような仕事をしているのでしょうか?

池田:2020年の入社直後はM&A(企業の買収や合併)の実行やPMI(合併・買収した企業を自社に統合するプロセス)などを行い、2021年から立ち上げの準備を始めました。

投資戦略の立案からソーシング、投資の実行、協業の推進等のCVC(企業内のベンチャーキャピタル)業務全般を行っています。

スタートアップ企業との取り組みで、入社して初めに携わった案件は、アバターテクノロジーのスタートアップ企業・Genies社でした。

――担当になるとどのようなことをするのでしょうか?

池田:投資先の会社が成長するためになんでもやるスタンスです。

Genies社はアメリカの会社ということもあって、日本での営業含めたBizDev(事業開発)もしましたし、グループ会社のバンダイナムコスタジオと共にアジア市場に適したアバターデザインを考えたり、ソフトウェアの精査をするために同じくグループ会社のバンダイナムコ研究所にフィードバックをしてもらったりすることもありました。

――単に出資して終わりではなく、実際に投資先と一緒にお仕事をされているんですね!

池田:僕は、実際に事業を進めている出資先の方がすごいと思っていますし、事業だけでなく人間的にも勉強になることばかりで、むしろ尊敬の念を抱いています。

双方のアセットを活用しながら足りないピースを埋め合わせることで、1+1がそれ以上になりますし、出資先が成長してくれればバンダイナムコエンターテインメントにとっても大きなメリットがあります。

ファイナンスを通して、新たなエンタメを実現する『021 Fund』

Cap:スタートアップ投資ファンド『021 Fund(ゼロトゥワンファンド)』

――『021 Fund』はメタバースと新規事業創出に特化したファンドですが、どんなきっかけでスタートしたのでしょうか?

池田:きっかけになったのは僕が担当していると先ほどお話した、アバターテクノロジーのGenies社やdouble jump.tokyo社との取り組みです。

特にGenies社とは、2021年5月に、『パックマン』のNFT(ブロックチェーン技術で作られた代替不可能なデジタルトークン)を発売しました。

今では話題のNFTですが、当時はそこまで注目はされていませんでしたが、出資をきっかけに協業を検討するなかで、パックマンチームの協力もあり素早くチャレンジすることができました。

また、ブロックチェーンやNFTゲーム開発のdouble jump.tokyo社は、出資時は協業仮説が弱い段階だったのですが、徐々にNFTやブロックチェーンというキーワードがエンタメ業界でも広まってきたことも踏まえ、今では協業検討のプロジェクトがいくつも走っています。

このように、投資時点では事業としてその領域の可能性が見えない段階でも、我々が先行していて、そこに事業のニーズが高まったときに一気に事業創出につなげることを目的に『021 Fund』の設立が決まったんです。

――なるほど! 『021 Fund』が設立されて約半年になりますが、現在はどのようなスタートアップと提携しているのでしょうか?

池田現在は日本の企業が中心で、先述したGenies社やdouble jump.tokyo社のほかに、ブロックチェーンソーシャルゲームを開発、運営するGangbusters社、ファンコミュニティの創出・運営に強いGaudiy社などに出資しています。

まだ発表できていない会社も数社ありますし、将来的には欧米やアジアのみならず、南米やインド、アフリカ等の企業にも出資を進める予定です。

「勝負は土俵際から」、池田さんの窮地を支えた上司の言葉

――池田さんは出資という仕事上で動かす金額が大きいので、責任が問われそうです。

池田実際に冷や汗をかいたことは何度もありますよ

例えば、社内の事前説明をしっかりと行い、問題無いだろうと確信を持った上で取締役会にてM&Aを提案したことがあったのですが、否決寸前になったケースや、否決されてしまったこともありました。

原因はこちらの準備不足で、役員の懸念事項にうまく答えられなかったんです。

あまり思い出したくないです……

――それは嫌な汗をかきそう……。

池田:否決された当時は本当に焦りました。否決されない前提で取引先ともスケジュールを握っており、大変な迷惑をかけてしまうことだったので。

最終的には取引先や社内外関係者にも協力いただき、チーム総出で対応し、何とか乗り切ることができました。

――毎回最後まで何が起こるか分からないのですね

池田:当時の上司にあたるゼネラルマネージャーの榎本は「勝負は土俵際から」「なんとかならないことはない」とよく話していて。自分はまだまだですが、胆力を持って最後までやり切れるかどうかが仕事の成否を分けると学びました。

ビジネスマンとして事前準備の重要性は認識していますが、いくら準備を重ねても想定外の事態は起きてしまうものです。

榎本自身がそうしていたように、この言葉には一見絶望的に見える状況においても何とかなると、何度も背中を押ししてもらいました。

――今の仕事のやりがいはどんなところですか?

池田:世界中にファンのいる自社IPを含め、多くのIPに関われることがやりがいになっています。

海外の方とディスカッションすると、日本のIPをリスペクトしてくださる方が多いんです。IPは日本の強みだと思いますし、その領域を支えられているのがうれしいですね。

実は商社から転職しました。個性を表現することがプラスになる環境

――池田さんは、2020年にバンダイナムコエンターテインメントに入社されたそうですが、もともとどんな仕事をしていたんですか?

池田:以前は商社に勤めていたんです。入社してすぐIR(株主や投資家向けに経営状況などを広報する部署)に配属され、次に事業部をファイナンスや会計・税務の側面からサポートする部署に異動して、M&Aも担当しました。

――今よりもずっとお堅い仕事をしていたんですね!

池田:そうですね。商社に就職したのは、日本のものづくりを世界中に広めたかったのと、海外で働いてみたかったからです!

商社時代は中国にも赴任させてもらい、やりたいことも実現できましたが、自分でも事業をやりたいと思うようになりました。

そこで、自らの経験を活かすことができる環境で、より事業に近付ける環境を求めて転職活動をはじめました。

――実際に転職してみてバンダイナムコエンターテインメントはどのような会社だと感じましたか?

池田:役職問わず、他者へのリスペクトがある人が多い会社です。そしていい意味で力が抜けていて、個性を表現することがプラスになる会社ですね。

髪をピンク色に染めている人もいますし、TPOをわきまえた上で服装も自由で、サンダルで社内を歩いている人もいます。

また、お昼にコミュニケーションスペースでゲーム大会が開催されていることもあります。

――かなり自由な気風ですね。池田さんは商社から転職されて驚かれたのでは?

池田:驚きました。商社時代に海外駐在していた時は現地のカルチャーに合わせて、半袖半パンで海外各社を回っていたんですよ。そしたら日本国内にいる上司からめちゃくちゃ怒られて(笑)。

商社時代の自分を思い出して悶える池田さん

――商社では、服装は特に気を遣いそうですね。

池田:そうなんですよ。バンダイナムコエンターテインメントはフラットで風通しがいいですね。現場もそうですが、役員の皆さんも真摯に相談にのってくれますし、新しいことの提案も求められるので、すごく仕事がしやすいです。

社内発表会で漫才をしたことも。チームメンバーと台本を考えて、仕事も遊びも全力です!

入社の決め手になったのは、面接官からのラブレター

――商社とバンダイナムコエンターテインメントは全く異なる業界ですが、なぜエンタメの道を選んだのでしょうか?

池田エンタメ業界は、日本ならではの技術力や強みを持っていて、市場としても今後さらに大きく成長していく業界だと思ったからです。また、新しい業界にチャレンジしてみたいとも思いました。

――たしかに、IPは世界に誇る日本の産業ですね。ところで、なぜ「日本ならではの業界」にこだわったのでしょうか?

池田:学生時代にバックパッカーをしていた時に、欧米でたくさんの日本車が走っているのを見て、当時は欧米への漠然とした憧れもあって、誇らしさを感じたんです。自分たちの国のモノが憧れの地に溢れているんだなと。

しかし最近では、新興国が台頭して日本企業の競争力が落ちていると感じます。それでも、日本も捨てたもんじゃない、まだまだやれるぞ、と世界に示したい。だから「日本の産業を応援できる」仕事を探しました。

学生時代はバックパッカーをして、欧米や東南アジアなど20近くの国と地域を訪れた

――なかでも、なぜバンダイナムコエンターテインメントを選んだのでしょうか?

池田:初めて遊んだゲームが『ドラゴンボールZ 超武闘伝3』だったり、『テイルズ オブ』シリーズや『エースコンバット』シリーズをプレイしていたこともありますが、決め手になったのは「人」でした。何よりも、当時のゼネラルマネージャーの榎本から渡されたラブレターが記憶に残っています。

――え! ラブレターですか!?

池田:ラブレターと言っても、もちろんビジネス的なものですよ(笑)。

お手紙には「未来のバンダイナムコエンターテインメントのために新たなエンタメを創出したい。だから池田さんに入社していただきたい」と書かれていて。なかなか、部長クラスの方から直々に手紙をいただくことってないので、心動かされました。

採用面接ではいきなり榎本が「どうも村長です!」と、隣にいたマネージャーが「村民です!」とジョークを交えた自己紹介をしてきて、びっくりしました(笑)。

スイーツでストレス発散、過去にはムエタイ修行に行ったことも

――池田さんのお仕事は、聞けば聞くほど大変そうです。

池田:大きなやりがいを感じていますが、やっぱり大変だと思う時も多いですね。

――そういった時はどうやってストレスを発散しているのでしょうか?

池田:僕はスイーツですね! 日本酒や焼酎と相性の良いこの見た目で、実はお酒が飲めないんですよ。だから甘いものを食べて発散しています(笑)。

スイーツを前に思わず笑みがこぼれてしまう池田さん

――意外です!

池田:最近、チームメンバーと一緒にレコーディングダイエットをしているんですが、気づけばパフェとかケーキとかスイーツばかり食べちゃって、瘦せる気があるのかと責められています。

瘦せたい気持ちはめちゃくちゃあるんですけどね……こう見えて、昔はもっと痩せててムキムキだったんですよ。ムエタイやってたんで。

――ムエタイですか!? キックボクシングとかじゃなく?

池田:ムエタイです。商社時代に。

ムエタイの練習をするためにタイに行った池田さん

――なかなか貴重な経験ですね。なぜムエタイをはじめたんですか?

池田:モテたかったから……ってのは冗談で、もともと体を鍛えるためにジムに通っていたんです。でも、すぐに飽きちゃったんですよ。

小さいころからずっとスポーツをやってたこともあって、勝負事ならもっと熱心になれるかなと思い、家の近くにムエタイのジムがあったので通うことにしたんです。

そしたらタイ人がいっぱいいるめちゃくちゃ本格的なところで。その流れで、タイにムエタイ修行に行きました。

――それはすごい!

池田:やるからには本場を経験したいと思ったんです。

現地のコーチは容赦なかった。

十数年後の大市場をつくりたい、「あの時『021 Fund』があってよかった」と評価される活動をめざす

――今後、池田さんがバンダイナムコエンターテインメントで実現したいことを教えてください。

池田:まずは『021 Fund』を長期で運営し続けていきたいです。我々が扱うビジネスや技術は、まだ事業部も手に付けていない領域ですから、成果が出るまで非常に時間がかかります。それ故に、どうしても要否含めて見直しの対象になりやすいですね。

市場が成長して成果が出るまで5年以上かかる案件もざらにありますが、そのなかには将来大きく成長する事業の芽がいくつも眠っているんです。

――今は利益が出なくても、10年後に数百億〜数千億円の市場になるケースもあると。

池田:だからなるべく多くの芽を育てて、十数年後に「あの時『021 Fund』があったから、今のバンダイナムコエンターテインメントのこのIPやサービス、プロダクトがある」と評価される活動がしたいと思っています。

――企業の長期的な成長を考えて、新しい種を撒いているんですね。

池田:『021 Fund』の仕事は、自社だけでは難しいことを、外の会社の力を借りて作っていく仕事だと思っています。例えば、「ガンダムメタバース」がそれです。


エンターテインメントは長い時間をかけてファンの方に認知され、愛されていくもの。『021 Fund』も数字としての結果をすぐには出せなくても、まずは並行して既存事業に近いところも対象領域として見たり、情報やノウハウを積極的に事業部に還元したりすることで、短期的にも事業部の皆さんや役員に我々のバリューを感じてもらいたいです。

人と人をつなぎ、社内と社外をつなぎ、社外と社外もつなぎ、事業を進めるチームに知見をつなぎ、皆さんと一緒にエンタメ業界を盛り上げていく、壮大な数珠つなぎを実現させたいですね。

――スケールの大きな構想ですね!

夢はもっと先にあって、ゆくゆくは規模の大きい100億以上のファンド立ち上げや、バンダイナムコエンターテインメント流のスタートアップエコシステムを作っていきたい。だからまだまだ頑張らないと。

――今後まだ体験したことがないエンタメが生まれると思うと、すごくワクワクしますね!

池田:そうなんですよ! 1社だけでは実現できないことも、企業の垣根を超えて力を合わせれば、いつか実現できるかもしれない。

だからもし興味があれば、『021 Fund』に魅力を感じてくださるスタートアップや事業会社の皆さんには声をかけてほしいですし、一緒に働いてくれる仲間ももっと増えたらいいなと思っています。

ファンの皆さんも含めて、関わる人がワクワクできることができたらと考えていますので、今後の活動にご期待ください!

【あなたは未来のエンターテインメントをどのように照らしますか?】
池田:過去のエンタメの変遷を見ても、新たな技術を起点として新たなアソビやIPが産まれています。そのような優れた技術やノウハウを有するスタートアップ企業を我々がつなげることで、「IPメタバース」のような新たなアソビ体験のみならず、新規IPの創出や既存IPの強化につなげたいと思います!

【編集後記】
過去を紐解けば、人々を驚かせる新たな表現は技術の革新から生まれてきました。メタバースもそのひとつで、『021 Fund』は今はまさに種を撒いて、新たなエンタメを生み出すために動いています。

「IPメタバース」で遊べるようになる日は3年先か5年先か。正確な時期は読めませんが、リアルとデジタルの垣根を超えて、大好きなキャラクターと遊べる世界はきっと私たちの日常を豊かにしてくれるはず。

いつか来るその日が待ち遠しくなる取材でした。

取材・文/鈴木 雅矩
1986年生まれのライター。ファミコン時代からゲームを遊び、今も毎日欠かさずコントローラーを握っている。