2024年1月26日に発売した3D対戦格闘ゲーム『鉄拳』シリーズの最新作『鉄拳8』。より進化したグラフィックでリアルかつ迫力ある筋肉が描かれている本作を、ともにボディビルダーとして活躍されている、なかやまきんに君さん、バズーカ岡田さんの目線でこだわりを見抜いていただき、制作陣にその実情を語っていただきます。前編では、PVに登場する「風間仁」と「三島一八」、そしてピックアップキャラクターとして「ブライアン」の筋肉に注目。後編ではプロレスラーの「キング」と太極拳の使い手「フェン」の肉体に焦点を当てています。
「鉄拳」シリーズは、業務用ゲーム『鉄拳』を皮切りに、世界中で展開する3D対戦格闘ゲームとして、今年で誕生から30周年を迎えます。2024年1月26日に発売した最新作『鉄拳8』では、ビジュアルからシステムまでさまざまな進化を見せています。今回はその中でもビジュアル面、それも「筋肉」の表現に焦点を当て本作のこだわりを深掘りしていきます。
「筋肉」をテーマに『鉄拳8』を語っていくためにボディビルダーやタレントとしても馴染み深いなかやまきんに君さんと、筋肉の有識者としても名高いバズーカ岡田さんをお招きしました。開発チームとともに、プロモーション映像やピックアップされたキャラクターから見た筋肉表現について話を伺います。
なかやまきんに君
岡田 隆(バズーカ岡田)
日本体育大学教授、ウィンゲート大学客員研究員
博士(体育科学)、理学療法士であり、日本体育大学では体育学部の教授を務める。YouTubeなどで筋肉に関する知識を広めるほか、テレビ番組にも筋肉や身体に関する識者として出演。
池田 幸平(ナカツ)
バンダイナムコスタジオ 第1スタジオ 第1グループ 第2プロダクション
『鉄拳8』ゲームディレクター兼開発プロデューサー。入社以前から“ナカツ”のプレーヤーネームで「鉄拳」シリーズをプレーしており、入社後もシリーズの開発に携わる。
青山 早紀
バンダイナムコエンターテインメント 第2IP事業ディビジョン 第3プロダクション
『鉄拳8』アシスタントプロデューサー。2017年に入社し、家庭用タイトルのプロモーション業務を経て、入社6年目からアシスタントプロデューサーを務める。
西村 豪
バンダイナムコスタジオ 第1スタジオ 第1グループ 第2プロダクション
『鉄拳8』リードキャラクターアーティスト。2015年に入社し『鉄拳7』でキャラクターモデラーとして参画。2018年から『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』リードビジュアルアーティスト。『鉄拳8』ではキャラクタービジュアルの制作、品質管理等を務める。
山岸 剛朗
バンダイナムコスタジオ 技術スタジオ 第2グループ アニメーション部
『鉄拳8』アニメーションディレクター。キックボクシングを習っている。新キャラクター制作時は各流派(格闘技、武道、武術)の練習に参加した上で、モーションキャプチャー撮影のアクター交渉にあたる。
本当の人間でも、『鉄拳8』のキャラクターでも、筋肉は十人十色!
青山:今回は、3D対戦格闘ゲーム『鉄拳8』に出てくるキャラクターの「筋肉」についてたくさんお話しができればと思います。そもそもの話にはなりますが、人間の筋肉のつき方にも個性や種類があるのでしょうか?
岡田:もちろんです。個体によっても違いますし、競技によっても変わってきます。『鉄拳8』でもキャラクターごとに動きが違うと思うので、肉体と動きがどう結び付いているのか、そのあたりも楽しみにしています。
青山:ちなみにおふたりのボディですと、それぞれどのような個性があるのでしょうか?
岡田:自分の筋肉を客観視するのが難しいので、私からはきんに君のすごさをお伝えしたいんですけど、やはり腹筋ですね。サイズもそうですし、左右対称性も美しいんですよ。身体のセンターにある部分がかっこいいと、パッと目を引くんですよね。そこは強烈な個性だと思います。
きんに君:岡田さんは脚などが素晴らしいんですけど、僕が個人的に思うのは、筋肉を「戻す力」なのではないかな、と。病気の影響でトレーニングを休まれた時期がありましたよね? それで、数か月ぶりのトレーニング再開となったにも関わらず、筋肉が戻るのがとても早くて驚いた記憶があります。しかも何なら、それ以前よりも大きくなったところもありましたよね。
岡田:面と向かって褒められると恥ずかしいですね(笑)。あと、筋肉をつけるためにはトレーニングももちろんですが、準備期間もとても重要です。鍛える前にいったん太らせる、みたいなことを言うじゃないですか。あれは、それぐらいがんばって食事をして、筋トレもものすごくがんばるということです。まずは体脂肪がつくことをいとわないくらいでないといけないんです。
きんに君:個人的な悩みなのですが、仕事が忙しくなるとトレーニングができなくなって、筋肉が痩せてしまうんです。でも、筋肉が痩せるとネタ的にウケなくなってくる。そうするとスケジュールが空いて時間ができるので、トレーニングができて筋肉をつけられる。筋肉がつくとネタがウケて、また仕事が忙しくなる……この構造だと、仕事の量と筋肉量が反比例するのが難しいところですね。
青山:たしかに筋肉量のある方がネタのウケが良いというのはきんに君さんだけかもしれないですね(笑)。
三島一八の肉体は、非常に“ドライ”な仕上がり?
青山:筋肉が十人十色だということを踏まえて、ここからは『鉄拳8』の筋肉にフォーカスしていきます。まずは実際に映像で見ていただくのがわかりやすいと思いますので、プロモーション映像を用意してきました。
池田(ナカツ):このプロモーション映像について補足すると、そもそも「鉄拳」シリーズでは30年間、風間仁とその父親・三島一八による親子喧嘩を描いてきています。この映像は、ストーリーモードのラストバトルにあたるシーンですね。肌や筋肉の伸縮、血管の浮き出し方など、開発当初から目指していたフォトリアルな筋肉表現にこだわりました。
というのも、「鉄拳」シリーズにはマッチョなキャラクターがたくさんいるので、筋肉の表現を強化すれば、よりフォトリアルで、細かい表現ができるだけでなく、打撃の壮快感や操作したときの気持ち良さも強化できると思ったんです。
岡田:すごいですね。もう聞きたいことがたくさんありますよ。いきなりマニアックな話になるんですけど、フォトリアルな表現ということで、肌の質感が本当にすごいです。ボディビルダーも肌の質感というのはすごく重要で、“ドライ”な仕上がりというのが大事なポイントなんですよ。この映像でもお父さんの三島一八さんがドライですよね。
青山:ドライな仕上がり、というのはどういった意味なのでしょうか?
岡田:除脂肪が完了していて、さらに皮下の水分が抜けている状態です。映像では腕にグッと力を入れたときに、上腕二頭筋に線がバーっと入りましたよね。あれはストリエーション(筋線維の走行線)といって、ドライな仕上がりだとあの線が出やすいんです。年齢を経ている筋肉のほうがドライになりやすいんですよ。
きんに君:たしかに、映像でもお父さんのほうがドライになっていて、筋肉の年季まで描いているのは驚きです。制作チームにボディビルダーの方がいるんじゃないか、と思うくらいマニアックに描写されていますね。
西村:今おっしゃっていただいたように、キャラクターの筋肉については年齢なども考えて作っています。「鉄拳」シリーズで筋肉の収縮を描くのは本作が初になるのですが、通常の状態とは別に伸縮した状態のモデルも作っておいて、それを補完するかたちで動きを表現しているんです。
岡田:ここまで表現されるには、相当な量の写真を見られたのではないですか?
西村:そうですね。特にボディビルダーの方は画像をたくさん探して、何人かは名前を覚えるほど参考にしました(笑)。気づけば参考画像は100枚ほどにもなり、制作チーム内で「この人の筋肉がすごい」といった話もよくしていましたね。
きんに君:どんな方をモデルにデザインしたのかな、というのは気になりますね。このキャラクターの胸はこのボディビルダーを参考に、みたいにパーツ単位で分けたんですか?
西村:パーツ単位で参考にさせていただきました。特に、アメリカのボディビルダーの方などはよく参考にしましたね。
岡田:なるほど、やはり海外の方の筋肉でしたか。筋肉の丸みや詰まり方などを見ていて、そうなのではないかと思っていたんです。
きんに君:あとは、胸の血管のゴニョッとした角度があるじゃないですか。あれも、筋肉を知らない人がデザインの知識だけで作るのは難しいと思うんですよ。実際にそういう血管の人がいたんだな、というのがわかる血管だったので、そこもすごくリアルですね。
青山:すごい、そこまでわかるんですね……!
風間仁の筋肉は「カメラ写り」を意識している!?
青山:全体的な筋肉の仕上がり具合という点ではいかがでしょうか?
きんに君:キャラクターだから、というのはもちろんありますけど、本当に体脂肪もなくて水分も抜けた状態で、この状態をキープできるのは1日か2日だけ、くらいの仕上がりですね。皮膚の薄さなども素晴らしいと思います。
岡田:学術的な観点から言うと、筋肉をよく見せるためには脱水をする必要があって、そのためには塩分もコントロールしないといけないんです。塩分も水分も抜いた状態なので、本来ヘロヘロなんですよね、ここまで仕上がっていると。それこそもう、戦えないくらいで(笑)。
池田(ナカツ):やはり視点がすごいですね。ご覧いただいたのはラストバトルの場面なので、実際ふたりともヘロヘロな状況ではあるんですよ(笑)。
岡田:じゃあ、戦ううちに水分が抜けていったのかもしれないですね。でも実際、ボディビルでも午前中のステージで血液が流れて水分も外に流れて、午後からパリッと仕上がる選手はいるんですよ。そういう裏話も考えるとおもしろいですね。
きんに君:息子の風間仁を見ていて思ったんですけど、映像内で三島一八の背後からカメラが回って風間仁を正面から写す場面がありますよね。あの立ち姿なんですけど、多分カメラで撮られているのを意識していると思うんですよ。
一同:(笑)。
きんに君:というのも、ふつうに立った状態でこれだけ腹筋を割ることは難しいんですよ。アスリートでもボディビルダーでも、写真に写るときはちゃんとコントロールして筋肉を見せているので、力を抜いた状態でここまで腹筋を出すのは難しいんです。
岡田:意識して力を入れている腹筋ですよね、これは。
きんに君:多分、胸や肩にもしっかり力が入っていますね。しかもこれは、対戦するために力を入れているというよりも、「今カメラで抜かれているな」という感じなんですよ(笑)。
青山:しれっとした顔でしっかりアピールしているのかもしれません。
池田(ナカツ):おふたりには、「鉄拳」シリーズのストーリー全編にわたってコメンタリーを入れてほしいですね。あらゆる箇所で筋肉に注目して見てもらいたいです。
ブライアンの動きは「ストレッチ・ショートニング・サイクル」が効いている
青山:ここからは、個別のキャラクターとその筋肉を見ていただきます。最初にご覧いただくのは、「ブライアン・フューリー(以下、「ブライアン」)」です。
池田(ナカツ):ブライアンは元警官なのですが、いろいろと悪い噂もあって、作中では一度銃撃戦で死亡しているんですよ。その後、とある科学者によってレプリカント(人造人間)として蘇ったキャラクターになります。
岡田:身長、体重を聞いてもわかりますけど、やはり組技よりも打撃を扱っているので、胴体がシャープになっていますよね。動きの観点で言えば、一度溜めてから殴っているじゃないですか。あれは「ストレッチ・ショートニング・サイクル」と言うんですよ。
池田(ナカツ):聞き慣れない言葉が出てきましたね(笑)。
岡田:筋肉を一度伸ばす、ストレッチをかけてからショートニング、短くするわけですね。パフォーマンスを最大限発揮するために重要な要素なんですけど、それがとてもリアルに描かれています。筋肉がブワッと伸びていくのがストリエーションとともに描かれていて、リアルだなと思いました。
そうやって筋肉をバネのように使っているからこそ、自分より大きな相手にも打撃が通用するんですかね。80キロ台の選手と140キロ台の選手だと、ふつうに殴っても効きませんからね。
きんに君:なにより、全体としてすごくバランスがいいですよね。もしブライアンさんが競技に出るとしたら、フィジークという競技が似合いそうです。フィジークは、ボディビルと違ってサーフパンツを履いて、脚を膝上まで隠してポージングするので、上半身や肩のアウトラインがよく評価されるんですよ。この体型ならフィジークが合うかなと思います。
青山:ボディビルの大会ではユニークな掛け声が飛び交う印象があるのですが、ブライアンがそういった大会に出たとしたら、どんな掛け声が出そうですか?
岡田:この人の肌を見ると、ものすごくドライなんですよね。先ほどもお話したとおり、ドライにするのって本当につらいんです。でも、彼は人造人間なんですよね。だからこそここまでドライに持っていけるんだろうな、と思うんです。
ボディビルの大会だと、すごくドライな仕上がりになっている身体には「そこまで絞るには眠れない夜もあっただろう!」という掛け声が飛ぶのが有名なんですけど、まさにそういうタイプの絞りですね。
きんに君:ここまで絞るとホルモンバランスが崩れて、低血糖にもなって、本当に眠れないくらいなんですよ。そのくらいまで仕上げた身体で、ここまでパリッパリな筋肉にできる選手はかなり珍しいです。
山岸:ブライアンには、作中でも特殊な“ストロングパンプ”という表現が入っているんです。肌に赤みを入れ、ほかのキャラのパンプよりも大きく筋肉が膨らむように設定しています。スジボリと呼ばれる筋線維の表現では、リアルと漫画的誇張の間にあるギリギリのラインを狙いました。
実際には筋肉がこんなに膨らむことはないと思うのですが、パンプとスジボリをセットで入れていくことで、表現がリアルに見えるように描いています。
岡田:ドライな状態でパンプさせて血管を出すのは、本当に職人芸です。ものすごく難しいことなんですけど、それができると体重が軽くても大会で勝てますね。それだけ見た目の迫力がすごくなるんですよ。
このストロングパンプはまさにそれを表現していると思いますし、ふつうの人間にはなかなかできないという意味で、人造人間ならではという感じがしますね。
きんに君:こういったキャラクターの筋肉のデザインは、AIなどを使って作っているんですか?
池田(ナカツ):キャラクターモデルやアニメーションを作るうえでAIは使用していないです。ただ、本作でAIを使っている機能としては、「スーパーゴーストバトル」というモードがありますね。例えば、きんに君さんに『鉄拳8』を数分遊んでいただいたら、ゲームがきんに君さんの動きを学習して、動きやその人のクセなどを忠実に再現したCPUキャラクター(ゴースト)が誕生します。
現実世界だと自分と対戦することはできませんけど、『鉄拳8』ではAIを使って自分のゴーストと戦うことができるんです。ビジュアル表現の部分についてはモデラーやアニメーター、それぞれの知識や参考資料を基に表現していますね。
続く後編では、覆面プロレスラーの「キング」と太極拳の使い手である「フェン・ウェイ(以下、「フェン」)」の筋肉について語ります! 後編でもきんに君さんとバズーカ岡田さんからさまざまなパンチラインが繰り出されました。
・キングの並々ならぬ肉体に対して、きんに君から贈られたギャグとは!?
「キングさんの肉体とバックボーンを考えると、特別な言葉を掛けたいなと思います。そんな彼には、僕がデビュー1年目の時期にやっていたギャグを贈りたいですね」
・フェンのバトル時の姿勢の低さから心配の声も……?
「ふだんどんなトレーニングをしているのかが気になりますね。あれだけ低い姿勢なのを見ると、膝への負担が心配になります」
なかやまきんに君&バズーカ岡田と見る『鉄拳8』。3D対戦格闘ゲームの「筋肉」を語る!?【後編】
TEKKEN 8 | バンダイナムコエンターテインメント公式サイト
【取材後記】
「鉄拳」シリーズと言えば、小学生時代にゲームショップの店頭で『鉄拳3』を遊びまくり、親指の皮がエラいことになったのを思い出します。さておき、今回驚かされたのはなんと言ってもきんに君さんと岡田さんの筋肉的解像度の高さ、そしてその解像度に応えるゲームの作り込みです。岡田さんがマニアックな表現として挙げた肌のドライな仕上がりのお話は、そこに着目するのも目から鱗でしたが、年齢感を考えて肌感まで作り込んである、というのはなかなかに衝撃でした。
映像でかっこよく映っている風間仁が腹筋を割るために力を入れているかもしれない、というのもまったく予想外の発想で、後編の内容も含め今回のお話は驚きと笑いが満載でした。自身の筋肉についてストイックな姿勢を見せたきんに君さんですが、後編でも筋肉への真摯さが伝わるコメントがあります。そちらもぜひご注目を!
村田征二朗
1989年生まれのライター。しゃれこうべ村田、垂直落下式しゃれこうべライターMなどの名でも活動し、コンシューマータイトルやスマートフォンアプリのインタビューや攻略記事を執筆。原稿料の8割はプロレス観戦のチケット代に消える。
TEKKEN™8 & ©Bandai Namco Entertainment Inc.
吉本興業養成所大阪校22期生として、2000年にデビュー。2006年から2011年にかけてアメリカ・ロサンゼルスにて筋肉留学を行い、2021年末に吉本興業を退社してからはフリーランスとして活動。タレントとして活躍するとともに、ボディビル大会でも実績を残す。