今回の【SPOTLIGHT】シリーズでは、2024年12月に30周年を迎える『鉄拳』シリーズのマーケティング&eスポーツプロデューサー安田直矢(安田イースポーツ)さんに焦点を当てます。
「最終的に届けたいのは、『鉄拳』シリーズを通じた自己実現の達成。つまり、人生を変えるほどの体験」だと語る安田さん。
“こんな中年になれるなら”を決め手に入社してから、さまざまなジャンルのゲームのプロデュースを経て、eスポーツ専任チームの立ち上げからコロナ禍のショックまであらゆる状況を体験してきた安田さんのキャリアや仕事観について伺いました。
【SPOTLIGHT】とは?
ファンファーレ編集部が、今気になるバンダイナムコエンターテインメントの社員に話を聞く連載企画。仕事に取り組む社員の素顔に【SPOTLIGHT】を当てて、これまでの経験や思い、本人のキャラクターを紐解きます。本シリーズを通して、これからのエンターテインメントが作る未来を照らします。
安田 直矢(安田イースポーツ)
バンダイナムコエンターテインメント
CE事業部 第3プロダクション 上級スペシャリスト
『鉄拳』シリーズ マーケティング&eスポーツプロデューサー
入社の決め手は“こんな中年になれるなら”
――最初に、安田さんが入社されるまでの経緯を伺いたいと思います。就職活動はどのように進めていたんですか?
安田:大学時代は毎月半分くらい夜勤をして、そのバイト代で年間400~500杯のラーメンを食べ歩き、好きが高じて知り合いのラーメン屋で自分がプロデュースしたラーメンを提供する、といった就活に生かしにくいことに明け暮れていました。
なので、就活は不安が大きく、大学にこもってひたすらエントリーシートを提出していました。結果的に、大手企業からベンチャー企業まで、業種を問わず10社ほど内定をいただきましたが、その中で「20年後、こんな中年になれるなら」としっくりくる社員がいたのが当時のバンダイだったんです。
――「しっくりくる社員」、とは……?
安田:どの会社に就職するか迷ったら、人事担当に相談してとりあえず社員に会うようにしていたんですよ。若手から中堅までいろんな年代の方に会えば、自分が将来どんな雰囲気の人間になるのか、というのがなんとなく分かるんじゃないかと思って。
バンダイでもいろんな方を紹介してもらって、あるとき30代後半くらいの社員が集まる同期会に行くことになったんです。それもひとりで(笑)。でも快く受け入れていただけました。そこで気づいたのが、皆さんとにかくクセとインパクトが強くおもしろい人が多いこと。そういったいろんな個性が受け入れられる文化が魅力的だなと感じました。そこに「しっくり」きて入社を決めました。
――人や組織文化が決め手になったんですね。ちなみに当時、何か情熱を傾けていたことはありましたか?
安田:ラーメン以外だと……1990年代、まだ小学生のころに、PCゲームをきっかけにインターネットに触れはじめて、チャットで大人と交流したり小さなテキストサイトを運営したりしていました。ラーメンの活動や就活もネットを駆使して人脈を広げた記憶があります。当時はまだそういうことが珍しかったのですが、自分にとってはそれが当たり前だったんです。
情報収集だけでなく、ネットを使えば、低いコストで遠くにコンテンツを届けることができますよね。さらに世界に発信すれば、自分の作ったものでより大きい“ウケ”をいただくことができる。今ではそんなことは当たり前になっているので改めて意識するほうが難しいと思いますが、当時から「インターネットを使ってみんなで楽しめるコンテンツを作り、グローバルに届けたい」という想いを抱いていましたね。
大学時代はヨーグルト倉庫の夜勤バイトでお金をためて、国内や海外のラーメンを食べ歩くことで自我を保っていました。
「安田イースポーツ」を自称することで、自分が「何がしたい/何ができる人間」であるかを示す
――当時のバンダイへの入社後、最初はどんなお仕事をされていたんですか?
安田:入社直後はホビー事業部に配属となり、静岡にあるバンダイホビーセンター(「ガンプラ」が製造されている工場)に転勤することになりました。デジタルコンテンツとは真逆の仕事でしたね(笑)。
自分は企画開発チームに所属していましたが、そのほかにもパッケージをデザインするチーム、3D-CAD(コンピューターを利用した三次元設計システム)で図面を引くチーム、さらには金型を掘る現場に、ガンプラを生産する成型機まであって。ホビーセンターは、ひとつの建物の中に企画から開発、生産に出荷までものづくりの全工程をダイレクトに経験できる“神”環境でした。そんな環境で企画と開発の基礎中の基礎を学ぶことができたのは、自分のものづくりの原点と言っても過言ではありません。
――ホビー事業部を経験したあとは、どのようなお仕事をされたのでしょうか?
安田:ホビー事業部で3年働く間に、「ここで経験したことをデジタルコンテンツやネットワークに関わる仕事に生かしたい」という考えが大きくなって。
その後は、バンダイナムコゲームス(当時)に異動して、『機動戦士ガンダム エクストリームバーサス』のアシスタントプロデューサーとしてアーケードと連動したモバイルサイトを立ち上げたり、またバンダイに戻ってトレーディングカード連動型のウェブゲーム『プロ野球 オーナーズリーグ』などを担当したり、再びバンダイナムコエンターテインメントに異動してトレーディングカードアーケードゲームや家庭用ゲーム『GUNDAM VERSUS』などのプロデュースなどを担当したりと、やりたいことを求めてグループ内を行ったり来たりしていました。
――プロデューサー業を経て、2018年からはeスポーツの専任になられたと伺っています。eスポーツに関わりはじめたきっかけは何だったのでしょうか。
安田:2017年に発売した『GUNDAM VERSUS』は、シリーズでは初めて家庭用ゲームソフトで本格的な海外進出を狙ったタイトルでした。海外での販売は一定の成果を挙げることができたと自負していますが、コアユーザーからの評価を含め自分が思い描いていたような成果を出すことができず……。その後の展開を業務用版に委ねることになり、シリーズの立ち上げを経験したプロデューサーとして悔しい思いをしました。
そういった経験を通じて、海外を中心にどうやってタイトルをお客さまに届け、熱量を維持し続けるかについて、しっかり学び直す必要があると感じて、その手法として当時まだ社内にノウハウが蓄積していなかった「eスポーツ」に着目しました。
たまたま、2018年に日本eスポーツ連合(JeSU)が発足して、ちょうどそのころ社内でもeスポーツ専任チームが立ち上がるタイミングだったので、自分から手を挙げてチームにジョインさせてもらいましたね。
――「安田イースポーツ」誕生の瞬間ですね。ちなみに安田さんは、なぜ本名ではなく「安田イースポーツ」という別名でお仕事をされているのでしょうか?
安田:ここまでお話ししたように、入社以来、自分は2〜3年周期で異動を重ねてきたわけですが、異動するとその都度、人間関係や周囲からの評価がリセットされるんですよね。
だからこそ、自分がやりたいことをやり続けるためには、自分の得意なことや自分にしか提供できない価値が何なのかを言語化し、それを周囲に知ってもらうことが重要だと考えました。早く周囲に認知してもらい、「あの人が言うなら良いか」と仕事を任せてもらうため、キャラを作ったわけです。
その結果、「安田インターネット」や「安田イースポーツ」という多くの名前が生まれることになりました。
今や、自分をどう認識してもらうかよりも、チームにどう知識や経験を還元するか期待されるポジションに。新たな名前を考えないといけませんね……。
“パキスタン旋風”で盛り上がりを見せたeスポーツと、その先に待ち受けていたコロナ禍
――「安田イースポーツ」誕生後のお話も伺っていきたいと思います。社内にeスポーツ専任チームが設立され、まずはどんなことをされたのでしょうか。
安田:最初の仕事は、『鉄拳』シリーズのJeSU公認プロライセンス(※1)を発行することでした。『鉄拳7』の全国大会を開催し、そこで4名にプロライセンスを発行しました。
プロライセンスを発行するだけではプロゲーマーの活躍の機会が不足していたので、ゲームの販売店でプロライセンス選手と一緒にバトルができるイベントや、プロライセンス選手だけが参加できる高額の賞金制大会の開催など、大小関わらず案件を作っていって。並行して「TEKKEN World Tour」(※2)や『ドラゴンボール ファイターズ』のワールドツアーのような世界規模の大会の運営にも関わるようになり、国内外の両方を見るようになっていきました。
※1 JeSU公認プロライセンス:一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)が発行する、eスポーツ選手としてのプロ資格を認定するライセンス。日本におけるeスポーツの職業化と競技としての社会的地位向上を目的として発行される。
※2 TEKKEN World Tour :2017年から毎年開催されている『鉄拳』シリーズのeスポーツシーンで最も権威のあるトーナメントサーキット。世界各地の対戦格闘ゲームコミュニティーが開催する予選大会を通じて、プレーヤーがランキングポイントを競い合い、「ファイナル」と呼ばれる世界決勝大会を目指す。
――『鉄拳』のeスポーツシーンは早くから盛り上がりを見せていましたよね。
安田:『鉄拳7』の競技シーンは、アーケード市場が最後まで残った日本と韓国が2強と言われていたのですが、2019年2月に行われた「EVO Japan 2019」(※3)にほぼ無名の選手が現れ、いきなり優勝したんですよね。その選手はパキスタンからやってきた選手で、大会後のインタビューで「パキスタンには自分より強い選手がいる」「自分はパキスタンでは8位くらい」と言い出して。
それでみんな「これ以上強いプレーヤーがいるのか……!」と驚いていたら、その後、続々とパキスタンから強豪が出現して、「あれは嘘じゃなかったんだ!」と度肝を抜かれるという事件がありまして(笑)。
※3 EVO Japan:世界最大級の対戦格闘ゲーム大会「EVO(Evolution Championship Series)」の日本版として開催されるeスポーツイベント。
――まるで少年マンガのような展開で、ニュースなどでも話題になっていましたね。
安田:そうなんですよ。そんなドラマもあって、「『鉄拳』のeスポーツシーン、おもろいやん」と注目してもらうことができたんです。そこから、2020年は日本と韓国、そしてパキスタンの3強時代が来るぞ、といろんな施策を仕込んで、「TEKKEN World Tour 2020」も初めて自分が中心になって全体を設計して、海外のメンバーとも一緒に盛り上げていこう、と意気込んでいて。
ただ、そのタイミングでコロナ禍がやってきました。
――まさにここから、というところで一気に状況が変わってしまったと。
安田:あのときの、自分で仕込んだ案件を自分で中止するというキツさは今でも忘れられないですね。メンタル的にもかなり不安定になり、ストレスから食べる量が増えたうえに外に出ることもできなかったので、1か月で急激に太りました。
――コロナ禍になってからは先が見えない状況が続いていましたよね。eスポーツを続けていけるだろうか、といった不安もあったかと思います。
安田:さすがにもう難しいんじゃないかと思いました。だけど、当時プロライセンスを持っているプロゲーマーが十数人いて、彼らはもっとキツい状況に置かれてると思ったんですよね。
これは自分ではじめた物語でもあるので、なんとかして彼らが活躍できる場を作らないとダメだ、という最後の意地みたいなものがあったんです。最初の半年間はすごくしんどかったですが、どうにか突破口を開こうともがいて、オンラインを主軸にした大会や案件を実施しました。
コロナ禍を乗り越え、今シーズンも開催中の「TEKKEN World Tour 2024」。世界決勝大会は、2024年12月5~8日に東京で開催!
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『鉄拳』からはじまる、人生を変えるほどの体験を
――コロナ禍の苦難を乗り越え、『鉄拳』シリーズのプロデューサーのお仕事にたどり着いたということでしたが、現在はどのようなお仕事をされているのでしょうか?
安田:現在やっていることの大まかな比率としては、ゲームの運営開発を含むマーケティング関連が70%、eスポーツ展開を含む『鉄拳』IP(※4)の魅力を拡大させるような仕事が30%程度といったイメージですかね。
前者は鉄拳プロジェクトのマーケティング側のタイトル責任者としての予算の確保やプロモーションプランや開発方針の策定など。後者はアメリカやフランスのeスポーツ担当者と連携してワールドツアーの運営を行ったり、他部署や他社さまと連携してグッズ展開や音楽展開の意思決定を行ったりと、ありとあらゆることをしています。
※4 IP:Intellectual Property=キャラクターなどの知的財産
――eスポーツ専任になられる前に「お客さまにどう届け、熱量を維持し続けるか」を学ぶ必要を感じたとお話しされていましたが、『鉄拳』シリーズの魅力を世界に届けていくためには、どんなことが重要だとお考えですか?
安田:まずはたくさんの方に楽しんでいただけるゲームを開発メンバーと共に作り切り、さまざまな方法を駆使してひとりでも多くのお客様に届けることが大前提です。そのうえで、『鉄拳』というゲームが持つおもしろさをコアに、ゲームの外側でも楽しめるエンターテインメントを創造し、ファンに楽しんでいただけるチャネルを増やすことが非常に重要だと考えています。
例えば、2022年8月には『Tekken: Bloodline』というNetflixのアニメ作品で、ゲームでは描かれなかったストーリーを発信しました。『鉄拳』シリーズのグッズ展開や楽曲配信なども、ゲームの外側で楽しんでいただける手段だと考えています。
またeスポーツは、ゲームをプレーして楽しむだけでなく、観戦して楽しむことも、大会そのものを開催して楽しむこともできます。さらには、特定のプロゲーマーを応援し、そのプロゲーマーをスポンサードして自社の商品やサービスを宣伝するようなステークホルダーを生み出すこともできます。
「作ったゲームをプレーしていただく」というミニマムな関係性から発展して、ファンの『鉄拳』が好きという気持ちをさまざまなエンターテインメントに昇華させ、さらにその熱量に乗っかりたいと思うステークホルダーが生まれる。ゲームのおもしろさやファンの熱量をコアに、『鉄拳』IPの経済圏を拡大させるようなアプローチをして、ゲーム以外の楽しみ方を作り出すこと、そして、ファンの『鉄拳』が好きという気持ちを、しっかりと後押ししていくことが重要だと考えています。
――安田さんが考える、この仕事の醍醐味とはなんでしょうか。
安田:お客さまの反応を間近で見られることですね。特にeスポーツ関連の仕事では、自分たちが作ったゲームをお客さまが目の前で楽しむ様子を直接見ることができます。これって、お笑いで例えると、自分たちで作ったネタを劇場で披露して、ウケたりスベったりするのを俯瞰で見ているような感覚なんですよ。
安田:そうやってお客さまの反応とダイレクトに付き合えることが、長く運営し続けるゲームのプロデュースという、ゴールのないレースを走り続けるための燃料だと感じています。
過去に担当したタイトルではファンの期待を大きく下回ってしまって継続が難しくなり、自分の力不足やメンバーへの申し訳なさで、深夜タクシーの中で情けなさのあまり悔し涙を流したこともありました。
でも、そういった経験を経てなお、意思を持ってこの仕事を続けているメンタリティこそが、今の仕事にフィットしているのかもしれません。
ひとつの失敗から成長できる幅は人より小さいと自覚していますが、自分は自分。そう割り切ったうえで思考を巡らせ、着実に、堅実に前進してきたことが、『鉄拳8』のような大規模プロジェクトを担当できる土台の強さにつながったのかな、と思います。
――最後に、お仕事における今後の目標について教えてください。
安田:業務用版も含めて約9年間の運営を行ってきた前作『鉄拳7』以上に、『鉄拳8』を長く深く楽しんでもらえるタイトルにしたいと考えています。
そのためにはゲームのアップデートはもちろん、eスポーツやグッズ、ゲームコラボに音楽、そしてまだ形になっていない『鉄拳』シリーズならではの尖った魅力をさらに尖らせていく必要があります。しかし、これらはあくまで手段。最終的に届けたいのは、『鉄拳』シリーズを通じた自己実現の達成。お客さまの人生を変えるほどの体験です。
このゴールに至るまでには、『鉄拳』というタイトルにも、そしてプロデューサーとしての自分にもまだまだ成長すべき部分が多くあります。開発メンバーのクリエイティビティと、それをファンに届ける多くの仲間、コミュニティーやステークホルダーを通じて、少しでもそのゴールに近づけるよう引き続きがむしゃらにがんばっていきたいと思います。
【あなたは未来のエンターテインメントをどのように照らしますか?】
安田:映画『風立ちぬ』の「創造的人生の持ち時間は10年だ」「君の10年を力を尽くして生きなさい」というセリフが深く心に刺さっています。
これまでも、そしてこれからも、未来のエンターテインメントを創るのは自分だ、私たちだという気概をもって仕事に取り組んできました。さまざまなチャレンジと失敗を重ねながら、グループ内で幅広い経験を積み重ねることができましたが、気付けば、自分のキャリアどころか人生そのものが折り返し地点を迎えています。
今後の職業人としての人生を「創造的な時間があった」「力を尽くすことができた」と胸を張って締めくくりたい。共に働く仲間たちにも、そう感じてもらえるような仕事をしていきたい。そんなわがままを貫けるよう、日々を集中して過ごすこと。それこそが、自分なりの未来のエンターテインメントへのコミットメントだと考えています。
“あの作品”を支える、バンダイナムコエンターテインメント社員の素顔を覗いてみる!
【取材後記】
アナログ回線の時代からネットに触れ、そのままデジタルなお仕事をされるかと思いきやホビー事業部に配属される、という意外な展開から始まった安田さんのキャリア。人によっては自分のやりたかったこととは違う、ともなりそうなところですが、お笑い好きと語る安田さんはそういった出来事も「ネタになるじゃないですか」と笑いながら話されており、メンタルのタフさとエンタメ精神の強さが印象的でした。
取材・文/村田征二朗
1989年生まれのライター。しゃれこうべ村田、垂直落下式しゃれこうべライターMなどの名でも活動し、コンシューマータイトルやスマートフォンアプリのゲーム関連記事を執筆。原稿料の8割はプロレス観戦のチケット代に消える。
TEKKEN™8 & ©Bandai Namco Entertainment Inc.
2006年、大学卒業後にバンダイに入社。入社後の3年間は静岡のバンダイホビーセンターに勤め、その後は『機動戦士ガンダム エクストリームバーサス』のアシスタントプロデューサーや『GUNDAM VERSUS』のプロデューサーなどを務める。2018年からはグローバル規模でeスポーツ展開を統括し、2020年より『鉄拳』シリーズのマーケティング&eスポーツプロデューサーとして、プロダクトマネジメントやマーケティングを主導。