『ELDEN RING』海外版プロデューサー兼マーケターが語る、作品を世界に届けるために必要なこと【SPOTLIGHT】

今回の【SPOTLIGHT】シリーズでは、バンダイナムコエンターテインメントでCE事業部(家庭用ゲーム事業)第1マーケティング部のチーフとして、『ELDEN RING』の海外版プロデューサーとマーケターを務める井上卯月さんに焦点を当てます。

「どちらの仕事も『そのタイトルのおもしろさは何だろう?』が究極的な問いになります。その意味では、タイトルとの向き合い方はあまり変わらないと思います。」

プロデューサーとマーケターの兼任という珍しい職種におけるタイトルとの向き合い方や、フロム・ソフトウェア開発のアクションRPG作品との出会いやその魅力、海外のメンバーと連携して動くうえで心掛けていることなど、お仕事や作品にまつわるお話を伺いました。

2024年6月21日にダウンロードコンテンツ『SHADOW OF THE ERDTREE』が配信されたアクションRPG『ELDEN RING』(海外販売元:バンダイナムコエンターテインメント/国内販売元:フロム・ソフトウェア)。今回は、本タイトルの海外版プロデュースやマーケティングを担当する井上卯月さんにインタビューを実施。海外におけるプロモーションの監修やフロム・ソフトウェア開発アクションRPGの魅力についてお話を伺いました。

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井上 卯月

バンダイナムコエンターテインメント
CE事業部 第1マーケティング部 チーフ

『ELDEN RING』の海外版プロデュース&マーケティング担当。『ELDEN RING』には本編の発売前からその海外展開に携わる。自身で『ELDEN RING』をプレーするときのビルドは正統騎士型のパワータイプとのこと。

作品の魅力を見極めて届けることは、プロデューサーでもマーケターでも変わらない

――まずは、井上さんの現在のお仕事について簡単に教えてください。

井上:フロム・ソフトウェアさまとの共同で開発・販売を行う『ELDEN RING』というタイトルの、主に海外版プロデュースとマーケティングを担当しています。

『ELDEN RING』の海外版プロデューサー兼マーケターの井上さん
『ELDEN RING』の海外版プロデューサー兼マーケターの井上さん

――プロデューサーとマーケターを兼務されている、というのは珍しいように思えます。

井上:おっしゃる通り、バンダイナムコエンターテインメントではレアケースです。プロデュース業務については、フロム・ソフトウェアさまのゲーム開発を一部サポートさせていただきながら、それを海外のファンの皆さまに届ける方法を考えています。

マーケティング業務も、基本的にはプロデュースと表裏一体だと考えていて、出来上がる作品の魅力や楽しさを、しっかりと説明してお伝えすることが一番の仕事だと思っています。

――海外向けのマーケティング業務とプロデュース業務とで、向き合い方の違いなどはありますか?

井上:どちらの仕事も「そのタイトルのおもしろさは何だろう?」が究極的な問いになります。その意味では、タイトルとの向き合い方はあまり変わらないと思います。

――ふたつの役割を同時に担うことで、やりやすくなった部分はありますか?

井上:はい、あると考えています。プロデューサーの最初の仕事は、ゲームを誰よりもしっかりとプレーして、作品の中身を見ることだと思っています。そのプレーがあるのとないのとでは、マーケティングのやりやすさも大きく違ってくると思います。

知識としてゲームの内容やシステムを知っていても、やはり触っていないと分からない感覚があります。ゲームをやり込んで深く理解できることは、プロデューサーとマーケターを兼務していることの利点だと思います

『ELDEN RING』の海外版プロデューサー兼マーケターの井上さん

ロンドンにラッピング広告の2階建てバスが走る 

――『ELDEN RING』本編の海外プロモーションでは、ロンドンの2階建てバスにラッピング広告を掲載されたと伺っています。こちらはどのように進めていったのでしょうか?

井上:前提として、私たち国内にいるチームは、世界でマーケティングをいつ、どこで、どういったメッセージで展開していくかという全体戦略の立案を行っています。それをフロム・ソフトウェアさまや、海外地域にいる海外グループ各社のマーケティング担当者と相談して個々の施策を決めていく、という役割を担っているんです。

バンダイナムコエンターテインメントに関して言えば、アメリカ、ヨーロッパ、アジアといった各地域にマーケティング担当者がいて、現地からの「こんな施策をやりたい」という提案を受け、国内にいるチームと現地のメンバーで連携して進行するという流れですね。なので、バスのラッピング広告は、現地のメンバーから提案されたアイデアの1つになります。

『ELDEN RING』のラッピング広告を掲載した2階建てバス
『ELDEN RING』のラッピング広告を掲載した2階建てバス

――施策を検討する際に気をつけるのは、どのようなポイントですか?

井上:まず大切にしているのは、その施策があらかじめ協議して設定した全体戦略に沿っているか、というポイントです。施策による宣伝効果があるかどうかはもちろんのこと、例えばタイミング的にまだ公表していないアセット(宣伝素材)を使うのはもちろんダメですし、その使い方(出す場所、文脈など)が適切であるか、意図していない改変は行っていないかにも気を配っています。

2階建てバスのラッピング広告の施策では、現地サイドから、当時最も使用していたメインビジュアルではないサブ的なアセットでの進行を打診されました。そこで、私たちからは「すでにより認知されているメインビジュアルを使用してはどうか」と返答したんです。ただ、イギリスの担当者から「イギリスのファンには、“ドラゴンと騎士”という現地の文化となじみ深いアセットの方が刺さるはずだ」と意図を説明され、説得力があったのでそれで進めていただきました。

このように、戦略立案は行いつつ、実際のオペレーションでは各地の需要に合わせた展開を意識しています

楽しそうなものが一番、という雰囲気に惹かれて入社した

――井上さんのご経歴についても伺っていきたいと思います。学生時代にはドイツに留学されていたと伺っていますが、そこで日本のコンテンツの強みなどを実感されたのでしょうか?

井上:はい。留学前から、日本のコンテンツは海外でも人気だと、知識としては知っていました。でも実際に留学してみて、海外の方は自分がイメージしていたよりもずっと、日本のコンテンツを広く、深く知っているなと感じたんです。具体的なお名前を挙げるのは控えますが、日本でも知っていると通とされるゲームやアニメを多くの方が楽しんでいたことは、とても印象深かったです。やっぱり日本のコンテンツはアツいんだな、と思いました。

――バンダイナムコエンターテインメントに入社を決めたポイントは何だったのでしょうか?

井上:就職活動の軸とバンダイナムコエンターテインメントでできることが合致していたんです。

軸は3つあって、1つは、ふわっとしていますが、いわゆるプロデュース、企画を立案して世に出す仕事をしたい。2つ目は、海外と関わる働き方をしたい。最後の1つは、日本のエンタメやIP(※1)にまつわる業務に携われたらな、と考えていました。

そこに加えて、面接が進むなかで、楽しそうなもの、ファンが喜んでくれるものが一番、という雰囲気が感じられて、すごくいいなと思ったんです。話の節々からそういった考えが伝わってきて、人としても一緒に仕事をしたいと思える方ばかりだったことが、最後の決め手になりましたね。

※1 IP:Intellectual Property=キャラクターなどの知的財産

「精神的コスプレ」で作品世界に浸れるところから『DARK SOULS』の魅力にハマる

――井上さん自身も『ELDEN RING』をはじめとするフロム・ソフトウェア作品のファンと伺っています。最初の出会いはどのようなものだったのでしょうか?

井上:中学時代に、友達から「すごくおもしろいゲームがあるんだ」と言われて勧められたのが『DARK SOULS』でした。当時の僕はFPS(※2)系を好んで遊んでいたので、三人称視点で、しかも剣や盾を持って戦うようなタイトルには馴染みがなく、最初は難しいのもあってすぐに諦めてしまったんです。

でも作品の世界観がすごく好きで……特に進めるでもなく雰囲気に浸りながら、ひたすら弱い敵を倒して遊んでいたんです。そのうち、オンラインで友達と協力プレーをしながら進めるようになって、すごく強いボスをなんとか倒したときの快感がたまらない、と気付いたんです。そこからは一気にハマって、ひとりでもゲームを進めるようになりました。

※2 FPS:ファーストパーソン・シューティングゲーム。操作するキャラクター本人の視点でゲーム内の世界・空間を移動する、一人称視点のシューティングゲームのこと

ゲーム『DARK SOULS』の画像
ゲーム『DARK SOULS』

――『ELDEN RING』や『DARK SOULS』のような作品の魅力は、どんなところにあると思いますか?

井上:これは、いち個人としての遊び方としてですが、作品世界に浸って冒険ができることだと思います。現実世界ではあり得ない、壮大で時に哀愁ある雰囲気の世界観で、自分でかっこいいと思う装備を集めていく。その装備を身に着けて、精神的なコスプレをするように、キャラクターになりきりながら世界を練り歩くことが個人的にはたまらないです。そして、その先にある、試行錯誤を繰り返して強大な敵を倒した瞬間の、達成感の大きさも魅力的だと思います。

大学時代のドイツ留学中は、中世の旧市街で寮生活。そこでも、意味なく路地裏をふらふらとさまようなど、精神的なコスプレを楽しんでいました。

――ご自身もファンであるなかで、作品を世界に広めていくにあたり意識されていることは何ですか?

井上:すでにプレーされている方が感じているおもしろさがあるなかで、マーケティングでは必ずしもそのポイントだけをお伝えするわけではありません。例えば、先ほど私個人は精神的なコスプレが楽しいと申し上げましたが、別にそれはポイントではないと感じる方もいらっしゃると思います。

いちプロデューサー・マーケターとしてはより多くの方にこの作品を手に取っていただきたいと思っているので、なるべく多くの方にワクワクしていただくための施策を考えます。その際に、KPI(目標達成のための指標)だけを重視して安易な策は講じないように、と意識しています。

ゲームにはさまざまな魅力がありますが、一人ひとりのファンの方が魅力を感じる点は少しずつ違うはずです。そうした様な魅力を伝えられる最適なメッセージは何かということを、常に考えています

――マーケティング的な視点だけでなく、ファン目線の細やかな配慮を心掛けられているんですね。フロム・ソフトウェアさまとの関わりにおいて、バンダイナムコエンターテインメントはどのような役割を担っているのでしょうか?

井上:フロム・ソフトウェアさまのタイトルを、より多くの方に届ける役割を担っています。

バンダイナムコエンターテインメントは海外に強いネットワークを持っていて、欧州、北米のみならずアジアやオーストラリア、南米や北欧にまで、さまざまな地域にパートナー会社があるんです。各地域のファンの皆さまにおもしろいと思ってもらえる遊び方や伝え方を知っている、現地の担当者たちと一緒にタイトルの届け方を考えられるのは、バンダイナムコエンターテインメントの強みだと思っています。

『ELDEN RING』の海外版プロデューサー兼マーケターの井上さん

各地域の特色に適した伝え方を熟考する

――海外マーケティングの施策を考えていくうえで、特に意識されているのはどのようなことでしょうか?

井上:海外と一口に言ってもざまな地域があります。地域ごとに異なった文化を持たれていますし、どういった人間が語るものに強く共感するか、というのも違ってくるんですよね。例えば欧州であれば中世・西洋ファンタジー的なものへの感度や理解度が高いですし、韓国ではオピニオンリーダーと呼ばれるインフルエンサーの方々がすごく重要になってきます。

そういった地域ごとの特色も意識しますし、各地域の担当者から届く施策案も予想外なものが多いです。冒頭でお話ししたバスのラッピング広告もそうですが、チーム内だけで話をしていたら出てこないようなアイデアが出てきます。そういった施策案が出てきた際には、ファンが実際にそれを求めているかを聞いたり調べたりしてから検討するようにしています

『ELDEN RING』の海外版プロデューサー兼マーケターの井上さん

――幅広く作品に関わる井上さんが、やりがいを感じるのはどんな瞬間ですか?

井上:やはり、タイトルの発売やマーケティング施策を通してファンの皆さまの反応が見られたときです。アセットを出したときに皆さまから届くコメントやいいねの数を見るのもうれしいです。

素晴らしいタイトルに関わらせていただいているので、記憶に残る出来事ばかりですが、2021年6月に『ELDEN RING』本編の最初のトレーラーを出したときのことは、特に忘れられないです。

「Summer Game Fest」という世界に配信されている番組が初出だったのですが、視聴者の方々の反応がもう、待ってましたとばかりの大歓迎で、その反響の大きさは印象深く記憶しています。

『ELDEN RING』本編トレーラー

――作品を世界に届ける仕事を通して、日本のコンテンツに対する印象は変わりましたか?

井上:海外という意味では、留学当時に比べて、大きなタイトルが非常に広い層にマスカルチャー的に浸透しているという印象があります。

そうしたなかで、マーケティングは言葉の選び方ひとつで多くのファンの皆さまの気持ちを左右することもあります。だからこそ、これからも細かな部分にも気をつけながら作品の魅力を届けていけたら、と考えています

『ELDEN RING』の海外版プロデューサー兼マーケターの井上さん

【あなたは未来のエンターテインメントをどのように照らしますか?】
井上:今後も作品の発売を楽しみにしていただける製品プロデュースとプロモーションを心掛けてまいります!

【取材後記】
井上さんはインタビューの最中でも言葉を丁寧に選んで発言されており、情報の伝え方について普段からよく考えておられるのだなというのが言葉の端々から伝わってきました。SNSなどで情報が素早く拡散する現在、細かな部分の引っ掛かりを放置せずに誤解が生まれないよう先回りして動くことは、作品の魅力を損なわずに広げるうえでかなり重要なのではないか、と改めて感じました。

フロム・ソフトウェア製アクションRPGとの出会いを伺ったくだりでご本人のプレースタイルを伺ったところ、技などを多用しない脳筋スタイルとのことで、自分もあまり魔法などを使わずにプレーしていたので共感できたのが地味にうれしいポイントでした!

取材・文/村田征二朗
1989年生まれのライター。しゃれこうべ村田、垂直落下式しゃれこうべライターMなどの名でも活動し、コンシューマータイトルやスマートフォンアプリのゲーム関連記事を執筆。原稿料の8割はプロレス観戦のチケット代に消える。

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