今回の【SPOTLIGHT】シリーズでは、『アイドルマスター』シリーズを統括する765プロダクションでゼネラルマネージャーとして活躍する波多野公士さんに焦点を当てます。
「エンタメの仕事は人々の生活の役には立たないかもしれないけれど、僕は最高の仕事だと思っているんです」。
「学生時代は毎年留年の危機」、「新人のころは寝坊ばかりだった」と語る波多野さんが、ゼネラルマネージャーとして活躍するようになったワケとは? プライベートでもバンド活動・アイドルの推し活など音楽に没頭する彼に、今に至るまでのキャリアや仕事に対する思いをインタビューしました。
【SPOTLIGHT】とは?
アソビモット編集部が、今気になるバンダイナムコエンターテインメントの社員に話を聞く連載企画。仕事に取り組む社員の素顔に【SPOTLIGHT】を当てて、これまでの経験や思い、本人のキャラクターを紐解きます。本シリーズを通して、これからのエンターテインメントが創る未来を照らします。
2005年の誕生以来、多くの人々を魅了してきたアイドル育成シミュレーションゲーム『アイドルマスター(以下、アイマス)』シリーズや、1980年に発売され世界中で愛されているゲーム『パックマン』。
現在、これらのバンダイナムコエンターテインメントを代表するタイトルを統括しているのが、765プロダクションのゼネラルマネージャー(以下、GM)を務める波多野公士さんです。GMとして活躍している波多野さんに、エンタメ業界の仕事のおもしろさを語っていただきました。
波多野 公士
バンダイナムコエンターテインメント所属
第3IP事業ディビジョン 765プロダクションゼネラルマネージャー
765プロダクションとして、『アイマス』『パックマン』の世界を作る仲間になりたい
――波多野さんには、以前『MIRAIKEN studio』の取材でお話を伺いました。その後、2022年4月にバンダイナムコエンターテインメント内の新しい部署・765プロダクションのGMに就任されて、現在はどのようなお仕事をしているのでしょうか?
波多野:私の担当は 、『アイマス』シリーズのゲームやアニメ、それに各事業を横断した戦略の統括と、『パックマン』のワールドワイドに向けたゲームです。そのほかにWeb3(※1)に関わる新規事業も担当しています。
※1 Web3:「分散型インターネット」と称される非中央集権型の次世代のインターネット
――「765プロダクション」は、『アイマス』シリーズに登場する芸能プロダクションの名前で、同じ名称の部署がバンダイナムコエンターテインメント社内に実際にできたことも、ファンのあいだでは話題になっていたと思います。なぜこの名称にされたんですか?
波多野:『アイマス』も『パックマン』も同じくナムコのゲームづくりを原点とした作品です。そのことに敬意や誇りをもって働きたい、と考えています。
また作品のなかで使われているプロダクション名を現実のものとすることで、「ファンの皆さまと一緒に『アイマス』の世界観を盛り上げていきたい!」という気持ちを込めています。
――そういった意図があったんですか!
波多野:『アイマス』はユーザーの皆さんがプロデューサーの役割を演じて遊ぶタイトルです。そのタイトルを運営する立場として、ファンの皆さまやアイドルたちと、世界観をともにする仲間になっていきたい、と考えています。
部署名を決めた日に居酒屋に行ったら、お会計が“7,650円“で運命かと思いました。
5万人のライブを成功に導き、「この会社で働いていてよかった」と思えた
――GMに就任するまでは、多くの新規事業に携わったと聞いています。特に印象に残っていたり、現在の糧になっていたりする事業はありますか?
波多野:いろいろありますが、あえて選ぶなら2019年に東京ドームで開催した『バンダイナムコエンターテインメントフェスティバル』と、自社スタジオの『MIRAIKEN studio(モーションキャプチャ技術や大型LED装置などを備えた次世代型配信スタジオ)』です。
『バンダイナムコエンターテインメントフェスティバル』は、特に印象に残っている仕事です。
――アイドルやアニメ、ゲームの音楽に溢れたフェスでしたよね。どのように担当することになったんですか?
波多野:当時、イベントを担当する部署にいたのですが、あと半年しかないのに東京ドームを抑えたらしい!とチーム内に激震が走りました(笑)。誰か担当したい人はいないか、という号令に、おもしろがって手を挙げてみたのが、きっかけです。
私の役割は現場のリーダーで、フェスティバル形式のライブということもあって、非常に多くの関係者がいるイベントでした。外部の企業と連携して、企画・キャスティング・演出・運営などすべてを限られた期間で進めなければいけなかったんです。
――想像するだけでも大変そうです。
波多野:けれど、無事に準備が終わり、開催当日は「あの時手を挙げてよかったし、この会社で働いていてよかった」と思いました。アーティストさんのパフォーマンスも最高で、5万ものペンライトがひとつの生き物のように動いていて感動しました。
――もう一方の『MIRAIKEN studio』ではどのような点が印象に残っていますか?
波多野:『MIRAIKEN studio』の準備期間もすごく短くて、構想してからプロジェクトの大枠が決まるまで約1ヶ月、着工まで約2ヶ月、工事期間は約3ヶ月の計半年間ほどで進められたプロジェクトでした。
――短期集中型の仕事だったんですね。
波多野:とにかく異次元のスピード感での進行でした。こうした力技が実現できたのは、関わってくださった制作チームが日ごろから『アイマス』や『テイルズ オブ』シリーズ、『電音部』のイベントなどでご一緒している方々ばかりで、価値観が共有できていたからだと思います。あと、みんなで滅茶苦茶に働きました(笑)。
スタジオはオープン後の運営が難しいのですが、稼働している状態をイメージしながらプロジェクトを進められたので、オープン後も稼働率9割をキープできています。
――大成功ですね!
波多野:『MIRAIKEN studio』は、アソビスタ(※2)というサービスで六本木ニコファーレのLEDスタジオを使った経験が活きてます。
また『バンダイナムコエンターテインメントフェスティバル』は、プライベートでやっている音楽活動のなかで手掛けたイベントの作り方とか、マネジメントの仕方とか、そういった経験から成り立っていると思います。
※2 アソビスタ:2017年から2019年にバンダイナムコエンターテインメントが提供していた配信番組を主体とした、ユーザー参加型のネットワークサービス。双方向型の完全オンラインイベントは当時としては、珍しかった。
寝坊がちだった若手時代を乗り越えて、多数の新規事業を手がけるプロデューサーへ
――ここからは新入社員時代のお話を聞かせてください。若手の時期は『たまごっち』のモバイルゲームなどを手がけていたそうですね。
波多野:入社当時は苦労しました。小さいころからゲームで遊んでいましたが、同期にはもっとやりこんでいる人もいたので、全く自信がありませんでした。加えて、モバイルゲームの運営方法に悩む状態が続いて、落ち込んで会社に行けない日もあったほどです。
――今は活躍されている波多野さんにも、苦難の時期があったとは。
波多野:当時はダメダメで、寝坊グセもあったんです。寝坊する度に上司に怒られて、深く反省はするんですけど、でもまた寝坊して。
――起きたら昼だったなんてことも?
波多野:ありますよ! さすがに役職がついてくるころには自然と治りましたけど(苦笑)。
その後はいろいろと自分から手を挙げてチャレンジさせてもらいました。例えば、自社で初めてスマートフォン向けゲームアプリに広告を入れたり、ワールドワイド向けに基本プレイ無料のゲームを出したり。
――積極的にチャンスを掴みに行ったんですね。
波多野:現在の自分の力量や能力を正確に把握するのは難しいじゃないですか。だからあまり後先を考えずにとりあえず飛び込もうと思っていて。
もちろんうまくいかなかったこともあります。先ほどお話したアソビスタは、かなり大きな規模で投資してもらいましたが、悔しくも1年でサービスが終了してしまって……。
それでも、当時LEDスタジオでイベントを配信した経験は、後に手がけた『MIRAIKEN studio』の立ち上げに役立ちました。
――諦めずに続けていけば、いつか花が開くと。
波多野:そうですね。やり続けると花開く時がくると思いますし、努力を続けられる環境があるとどこかでハマる時がくるかもしれません。
普段は言わないですが、 チャレンジさせてもらうためには、泥臭いことを誰よりもやり続けなければいけないと個人的には考えていて。
みんなが見えないところで努力することや、誰よりも普通のことをちゃんとやることは常に意識していました。
今でも朝は弱いです。
若いころに挫折した経験が自分をここまで導いてくれた
――お仕事への熱い思いがビシビシ伝わってきました。波多野さんは学生のころから積極的な性格だったんですか?
波多野:勉強から逃げ回って、毎年留年の危機に陥るような学生でした(笑)。バンドに熱中して、日本全国や海外にもライブをしに行ってました。
――海外遠征とはすごいですね! もしかしてプロとして活動をされていたんですか?
波多野:いえ、インディーズです。バンに機材を積んであちこちに出かけていました。ライブをやればやるほど赤字になるような状況でしたが、すごく楽しい時間でしたね。
――そこまで音楽に熱中されていて、音楽業界に進もうとは考えなかったんですか?
波多野:ニッチなジャンルをやっていたこともあり、音楽でお金を稼ぐ、という思いがそもそもなかったです。
ですが、そのうえで周りの圧倒的な音楽の才能をもつ人たちを見て、「この人たちには絶対に敵わない」と思ったこともありました。
当時は悔しかったけれど、振り返ると「若いうちに負けを知った」という経験は、かけがえのないことだったと思います。何かに真剣に取り組んで挫折した経験は、今の自分に良い影響を与えてくれたと思います。
クリエイターをリスペクトできるようになりましたし、「AさんとBさんに組んでもらえばもっとすごいことができる」とプロデューサー的な発想ができるようになりました。
バンダイナムコエンターテインメントに入社してからいろいろと仕事を楽しめたのは、この経験があったからだと思います。
ファンの期待に応えるために「IP軸戦略」を力強く推進する
――波多野さんは責任の大きな立場ですが、業務のなかで心がけていることはありますか?
波多野:心がけているのは、作品を愛してくださるファンの皆さまとより深くつながること。そのための手段として、「IP(※3)軸戦略」として、ゲーム・アニメ・音楽・ライブ・マーチャンダイジング・パートナー企業との協業など、多面的に遊んでいただける場を設計することを心がけています。
※3 IP:Intellectual Property の略で、キャラクターなどの知的財産のことを指します。
――担当されているお仕事で「IP軸戦略」をどのように捉えられていますか?
波多野:「クリエイター的な視点で、作品やIPのクオリティを高めていくこと」と「プロデューサー的な視点で、ゲームのみならずアニメやライブ、グッズなど多方面に売り出していき、触れていただくこと」。その両輪を構築することかと思います。
――なるほど。やはりエンタメビジネスには、両輪を揃えることが大切なのでしょうか?
両輪をバランスよく回していくことはすごく難しいのですが、企画段階からサービス開始後のクロスメディア展開を考えつつ、作品もビジネスもどちらも大切なこととして捉える必要があります。
――ほかにも新規事業の立ち上げをするうえで心がけてきたことはありますか?
波多野:「最速完遂」です。自分が思いついたアイデアをできるだけ早くプロダクトにして、さまざまな方の意見をいただきながらアップデートを繰り返していきたいです。
それを実現するには、自分ひとりではできなくて、法務や知的財産、経理や総務など各チームといかに早く、精度高く連携できるか、が大事になります。弊社のコーポレートのチームは、その分野の専門家が揃っており、事業に対してどう実現できるかを協働できるので、いつも感謝の気持ちでいっぱいです。
――スタートアップの考え方に似ていますね。
波多野:そこは意識しています。アソビスタなどの新規事業を担当し初めてから、スタートアップのピボット(市場の変化に合わせ、事業を転換すること)という考え方を知って。
スタートアップの方々からも非常に多くの刺激をいただいておりますし、スピード感で負けたくない、といった気持ちもあります。
プライベートではさまざまなエンタメに触れつつ、月一でライブに通うアイドルファン
――波多野さんはアクティブなので、趣味も多そうですね。
波多野:いろんなことに興味をもっています。バンド活動はめげずに続けていますし、最近はコテコテで恥ずかしいんですけどサウナやキャンプにもハマっています。歳をとるにつれて億劫だと思うことが増えていきますが、負けないように行動しようと意識していますね。
――多趣味ですね。先ほど少し話されていましたが、アイドルの推し活もされているんですよね。
波多野:ハロー!プロジェクトを中心にライブは月一で通っています。アソビスタの仕事でご一緒させてもらった時に朝から晩まで曲を聞き続けていたら、自然とファンになってしまって。
25年間、歌い継がれている文化を尊敬してます。
――趣味と仕事が結びついているんですね。
波多野:そうですね。最近はライブからの収穫が多くて、この前もaespa(エスパ)というK-POPアイドルや、花譜(カフ)というバーチャルシンガーのライブに行ったんです。
そうしたら普段は接点がない10代の方々がライブにいらしていて、「自分の知らないところでこんな音楽シーンが動いていたんだ」と刺激になりました。
あと、DAZZLE(ダズル)というイマーシブシアターの制作チームの『百物語-夜香花-』という舞台作品が、下北沢の小劇場でやっていたんですけど、10人くらいのお客さんに同じくらい数の演者さんがいて、没入感がすごくて、めちゃくちゃ感動しました! 日本でこんなことできるんだ!と、すぐに演者さんに感動をお伝えしました。
良いイベントに参加すると、今まで会ったことがない人やコミュニティーに出会えます。Web3関連のイベントにも顔を出しますし、そういったイベントも含めて、音楽から大きな影響を受けていますね。
推しのアイドルには「生きててくれてありがとう」って思います(笑)。
遊びも仕事も大好きだから、働いている自覚はあまりない
――ここまで話を聞いていると、波多野さんは経験をすべて糧にされていますよね。生きていくことがそのまま仕事に直結しているといいますか。
波多野:プライベートと仕事の垣根はあまりないですね。オンオフをつけて働くスタイルも、もちろん尊重していますが、個人的にはあまり意識していません。
僕も業務中にゲームをしたり、動画を見たりしていますし、社内のチャットにもおすすめのYouTubeやゲーム関連のリンクがよく流れてきます。
――エンタメを愛している人には理想的な環境かもしれないですね。
波多野:だと思いますし、手を挙げた人には裁量をもたせてくれる、自由で良い会社ですよ。
一例を挙げると、会社で「放任と撤退」という言葉が使われています。「上司は勇気をもって、部下がやりたいことを任せよう。一方で、事業目線で撤退のタイミングも見極めよう」と。
一見、少しドライに聞こえるかもしれませんが、僕はチャレンジを後押しする言葉だと思っているんです。挑戦を重視するカルチャーが根付いているので、会議室で同僚とブレストしていると、「思い切ったことやろうよ」という意見がよく出ますね。
――挑戦心や遊び心がなければクリエイティブな発想はできないですし、それだけ好きなものごとに向き合っている人が多いんですね。
波多野:好きなことに向き合おうとしている姿勢は素敵ですし、僕はそういう人と一緒に働きたいです。
エンタメの仕事は人々の生活の役には立たないかもしれないけれど、生活を豊かにする、最高の仕事だと思っています。
――最後に、この記事を読んでくださっている読者にメッセージをお願いします。
波多野:ファンの皆さまには、いつも弊社のサービスをご利用いただきとても感謝しています。
間もなく、『アイマス』はシリーズ20周年、『パックマン』は45周年を迎えます。これもひとえに、多くの方々に支えていただいたからこそと考えています。
今後もファンの皆さまとは共創していきたいですし、時代に合わせて作品の届け方もアップデートしていきたい。具体的には、作品とクリエイターとファンの皆さまが一体になって共創できる世界を実現したいと思っています。
これからも応援を糧に、皆さまと一緒に走り続けられる作品であるよう制作チーム一同頑張っていきますので、今後ともどうぞよろしくお願いします!
【あなたは未来のエンターテインメントをどのように照らしますか?】
波多野:人々の価値観が物質的な豊かさから、心の豊かさへ、定義がアップデートされている、と言われて久しいですが、そんななか自分たちに何ができるかと考えます。
ファンと作品がお互い会話をしながら、新しい価値観を生み出せるようなそんな関係性をめざして日々努力していきたいです!
ファンファーレでは皆さまのご意見、ご感想を募集しております! 編集部にて拝見させていただきました上で、今後の改善のための参考にさせていただきます。
【編集後記】
取材を通して波多野さんの言葉から感じたのは、好きなものにまっすぐ向き合う好奇心でした。
大好きな音楽活動で挫折した経験を乗り越え、立場は変わってもクリエイターに寄り添い続ける波多野さん。ひとりのクリエイターであり、コンテンツを応援する人でもある彼の歩みを聞いていると、「好きなことは手放さなくてもいい」と言われているようで勇気をもらえました。
作品を作る人と、受けとる人や楽しむ人がいて、初めて作品は成り立ちます。切っても切れない人と人の循環のなかでIPは育っていくんですね。
家庭用ゲーム「PAC-MAN WORLD Re-PAC」好評発売中!
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アイドルマスターシリーズ初の5ブランド合同ライブ
THE IDOLM@STER M@STERS OF IDOL WORLD!!!!!
2023 2月11日(土)・2月12日(日)東京ドームにて開催
公式サイトはこちら
取材・文/鈴木 雅矩
1986年生まれのライター。ファミコン時代からゲームを遊び、今も毎日欠かさずコントローラーを握っている。
©Bandai Namco Entertainment Inc.
2009年入社。これまでアプリゲーム開発、プラットフォーマーとの渉外、新規事業開発などを歴任。「バンダイナムコエンターテインメントフェスティバル」や「MIRAIKEN studio」などの立ち上げを経て、2022年より現職に就任。